1989年(平成元年)に西陣から登場した旧要件ハネモノ「魔界組」
★賞球…オール13
★最高8ラウンド継続(10カウント)
★大当り時のハネ開閉回数…最高18回
★大当り中、ヤクモノキャラの両手の間に、一個貯留可能
ヤクモノの「キョンシーキャラ」のコミカルな動きに一喜一憂した、旧要件ハネモノの名機。
初実戦は1990年(平成2年)初夏。既に、新台時期からは時間が経っていたが、依然、人気機種として活躍していた。
馴染みの新宿でも、「ニューミヤコ」「アラジン」「オデヲン」「コスモ」「モナコ」といったホールに設置。また、小田急線・下北沢駅の「ワールド」にも1シマ置いてあった。
※上記各ホール(跡地)の現状
・ニューミヤコ(西口・大ガード)→閉店後「カレイド新宿」
・アラジン(西口・ヨドバシ本店エリア)→現存
・オデヲン(旧コマ劇向い)→閉店後、「オリエンタルパサージュ新宿」→「マルハン歌舞伎町店」
・コスモ(歌舞伎花道通り)→閉店(現在「互福ビル」)
・モナコ(スタジオアルタ裏)→「G-7」 →閉店(現在「サンドラッグ 新宿東口店」)
・ワールド(下北沢駅南口、踏切前)→閉店(現在「大庄水産」)
(当時の店名で今も営業を続けるのは、「アラジン」のみ)
1980年代半ばに一大ブームを巻き起こした、香港のホラー&コメディー映画「霊幻道士(れいげんどうし)」シリーズ。
この映画に登場するキャラとして有名になったのが、両腕を前に出してピョンピョン跳ねる、妖怪「キョンシー」である。
本機のヤクモノは、まさにキョンシーを彷彿とさせた。本機の開発陣が、この映画を「リスペクト」していた事が窺える。
さらに、ヤクモノキャラの表情を見ると、人気漫画「ドラ〇ンボール」の個性的キャラ、「ピラ〇」にも通じるものがあった。
まぁ、当時のハネモノといえば、こうした映画・TVの有名キャラの「オマージュ」が、普通に行われていた訳だが…(単刀直入にいえば「パ〇リ」)。
余談だが、映画の初代「霊幻道士」には、「シャンシー」という美人の女幽霊キャラが登場する。当時高校生だった私は、その妖艶な魅力にガツンとやられてしまった(「ド」が付くストライクだったのだ)。それからだいぶ経って、「イナバウアー」で名を馳せた、女子フィギュアスケートの荒川静香選手を初めて見た時、「あっ、シャンシーに似ている…」と、反射的に感じたのだった。
(シャンシー@霊幻道士) 荒川選手
…おっと、話が本道から逸れてしまった。
ともかくも本機は、大当り中、ヤクモノのキョンシーが見せる、芸の細かな動きに特徴があった。
一方、通常時のキョンシーは、ステージ最奥部で、来たるべき「時」を静かに待っていた。
こうした通常時と大当り中のギャップ(「静」と「動」)も、映画のキョンシーと見事に重なり合う。
ヤクモノは上下二段構造。ハネに拾われた玉は、上段ステージの左右穴(「DROP」と書いてある)を通って、下段に落ちる。
上段ステージには三角形の「突起」が付いており、突起の振り分けによって、左のハネに拾われた玉は左サイドに、右のハネに拾われた玉は右サイドに、流れ易かった。
下段ステージに落ちた玉は、バウンドして左右の壁にぶつかるなど、様々に角度を変えて、奥から手前に転がる。最終的に、手前の中央Vゾーンに入れば、大当り(V両脇はハズレ)。台のクセにもよるが、V入賞率はさほど悪くない。むしろ、問題となったのは「ヨリ」の方だ(→後述)。
なお、下段ステージには「JUMP」と書かれたジャンプ板があり、ハネ開閉中、パタパタ上下動を繰り返す。ジャンプ板に当った玉は総じてハズれ易く、V入賞率を下げる障壁となった。だが、時には、板に当って絶妙に角度を変えた玉が、Vに飛びこむ事もあったから面白い。
本機の「ハネ」についていえば、キョンシーを模した左右のハネは小さく、開く角度も狭かったうえ、開閉時間も短めだった。さらに、ハネの先端が内向きにカーブしていて、お世辞にも、「玉を拾い易い形状」とはいえなかった。
また、本機はゲージにも特徴があって、他機種と比べて、ハネ周辺に打たれた釘の数が多かった。つまり、基本的に「ハネに寄りにくい」ゲージだったのだ。もちろん、寄り釘の調整次第で変わるが、当時は多くのホールが、「ナキは良いが、寄りにくい」クギ調整にしていた。
(各攻略誌の論調を見返しても、ほぼ全誌が、本機の特徴を「ナキ良し・寄り悪」としている)
因みに、某・業界誌に載った、ホール向け釘調整の例によると、、左の風車の右下にある四本釘を全て内側に寄せ、互いに近づければ寄り易くなり、逆に放射状に拡げると、ヨリ悪台になる。さらに、ハネ先端のヨロイ釘の一番下を左に叩くと外に逃げやすく、右に叩けば寄り易いとした。
ともかくも、本機はヨリの悪さに泣かされる事が非常に多く、ハネの「空振り」にジリジリさせられた。しかし、見方を変えれば、ヨリを見極めれば勝率は大きく上がった。ナキも大事だが、それ以上に、本機では「ヨリの重要性」が問われた。
さて、首尾よく大当りすると、ステージ奥で静止していたキョンシーに、「生命力」が宿る。
(「死体妖怪」のキョンシーに、生命力があるかどうかは知らないが…)
V入賞で派手なファンファーレが鳴った後、ヤクモノのキョンシーは、霊幻道士の映画よろしく、両手を「前ならえ」して前に突き出して、前後に飛び跳ねるコミカルな動きを繰り返す。
この段階でVに入る事も少なくないが、出玉的に見れば、あまり嬉しくはない。
ハズレ4カウントで、キョンシーは奥の位置に留まり、前に出していた両手を内側に閉じる。すると、両掌の間に一個、玉を貯留できるようになる。
(片手貯留となる事も稀にあったが、ド突けば直ったw)
この時、両手の高さをよく見ると、キョンシーの左手(打ち手から見て右側)の方が、右手(打ち手から見て左側)よりも、わずかに上がっていた。つまり、両手の位置が、左右で微妙に「ズレて」いた。しかも、これはヤクモノの「経年劣化」などではなく、製造段階からズレが存在した。
この「ズレ」のせいで、基本的に、本機は左のハネから拾わせた方が、キョンシーの手に乗り易くなっていた。よって、大当り中のストロークも、重要なポイントとなった。
ところが、台によっては、逆に右のハネから拾わせた方が、貯留し易い場合もあったのだ。やはり、ヤクモノの「クセ」によるところが大きい。
この特性を見事に証明してみせたのが、当時「パチンコ必勝ガイド」誌上プロ(ライター)であった、石橋達也プロだ。
かつて、同氏が担当する「石橋達也の13時間デスマッチ」という連載欄で、本機が対戦台になった回がある(同誌1990年5月号)。
この時、石橋プロは、対戦ホールの候補地として、新松戸駅前の「バロンタウン」、小田急江ノ島線・大和駅「大和会館」の二店舗を挙げた(いずれも、読者紹介による)。下見の結果、後者での実戦を決めた。
計5日の下見後、石橋氏は当日朝イチから、大和会館で「魔界組」を実戦。本命、対抗、注意など、候補を数台決めていたが、電車に乗り遅れて遅刻した為、どれもキープ出来なかった(大和会館は朝イチから魔界組の客つきが良かった)。
結局、あまり良くない台を打ち回った後、途中でようやく「本命」の251番が空く。だが、この251番、大当りは来易いが、V継続が極端に悪い「パンク台」だった。その理由が、左のハネ経由の玉が、キョンシーの手に乗りにくかったからだ。
そこで、石橋プロは、通常ストロークから、天四本の一番右を狙う「右打ち」に切り替えた。すると、大当り中、右のハネから貯留し易い事が判り、継続率は大きく改善した。さらに通常時も、右から拾った方がVに決まり易いと気付き、ひたすら天四本の一番右を狙い続けた。その結果、前半のスランプから立ち直って、辛うじて勝利に転じる事ができたのだ。
まさに、台のクセを把握した上で、思い切ってストロークを変えた事が、状況改善に繋がった好例といえよう。こうした実戦での「臨機応変」さが、石橋プロの人気の要因でもあった。
なおキョンシーへの貯留については、ヤクモノに入った玉の「勢い」や「スピード」も影響した。上段から下段に落ちる際、玉にある程度の勢いがないと、キョンシーの両手の間まで届かず、手の外側に跳ね返されて、落下するケースが多発。なお、玉に勢いがつくかどうかは、ハネ周りの釘調整、ストローク、ハネに拾われたタイミング、台のクセやネカセなど、様々な要因が影響した。
ハズレ8カウント又はハネ15回開閉で、貯留は解除。この際、キョンシーが前にせり出し、掌の間の貯留玉を、ポンと手前に放り出す(この動きにも愛嬌があった)。Vのすぐ近くに落ちた玉は、高確率でVゾーンへ入った。貯留にさえ成功していれば、継続率は高かったといえる。
だが、この時、解除した玉がことごとくVの左右に逸れてしまう、酷い「クセ悪台」もあって、致命的な欠陥台となった。こんな性根の悪いキョンシーに捕まると、思わず台のガラスを開けて、ヤクモノのキョンシーの額に「お札」を貼ってやりたくなった。だが、そんな事をすれば、事務所連行で酷い事になるので、思うだけで実行はしなかった。
口惜しいパンクのパターンとしては、貯留解除された玉が、後続の玉と「玉突き」して、Vを逃す事もあった。これを防ぐため、解除タイミングのハズレ8カウント(ハネ15回開閉)時、速やかに打ち出しを止めるのも、継続率アップの有効手段だった(解除直前に打ち出しを停止できれば、なお良し)。
貯留解除でVを逃した場合、キョンシーは再び前後動アクションを繰り返す。この時は、ラウンドの前半と違って両手の「開閉動作」も伴うので、閉じた手の間にタイミングよく乗った玉が、Vに入るチャンスもあった。だが、チャンスは残り2個(orハネ3回開閉)しかなかったから、やはり、キョンシーへの貯留の成否が、V継続の大きなカギとなった。
賞球オール13、1個貯留タイプで継続率も高く、ラウンド後半にV継続するケースも多かったので、平均出玉は約600個とまずまず。「短時間で打ち止め」とはいかなくても、ジワジワと出玉を伸ばし、順調に終了させる展開もあった。しかし、遊び台も多かったので、小箱の800個でひたすら揉まれ続けた後、最後に全ノマレのパターンも、しばしば喰らった。
なお、基本的にヨリ悪の本機は、大当り中のハネ開放18回で、10カウントに届かない事もあった。当然だが、V継続率や平均出玉も、「ヨリ」の良し悪しに大きく左右された訳だ。
言い忘れたが、本機は大当りのBGMにも味があった。ラウンド前半はハイテンポで勢いある「冒険活劇風サウンド」。一方、貯留開始後は一転して、哀愁の漂うわびしいメロディーに切り替わった。対照的なメロディだが、どちらもそれなりにインパクトがあって、記憶に「刺さる」音だった。
最後に余談だが、当時リリースされたパチンコ映画(ビデオ)で、本機が登場した事がある。
シブがき隊のフックンこと布川敏和が主演を務めた、「パチンコグラフィティ」(1992年、にっかつ)がそれだ。
(C)にっかつ
エリートサラリーマン・浩平(布川)が、場末のパチンコ屋「船橋センター」に左遷されて、下っ端店員から鍛え上げられるという、破天荒なストーリー。そして、本作に出てくる店(船橋センター)の常連が、一クセも二クセもある客ばかりだった。
その中に、一人の連続婦女暴行犯を追い続ける、若き女性刑事・祥子(井上彩名)と、部下・矢野(小森谷徹)の(迷)コンビがいた。
ある日、彼らは、マーク中の犯人をパチ屋で発見するが、運悪く逃げられる。この不手際と、店内の威嚇発砲が原因で、二人は上司から「謹慎処分」を言い渡される。
かくして謹慎の身となった二人だが、ここぞとばかりに、パチ屋へ入り浸る。そんなある日、魔界組の角から2番目のクギが甘い事に気付いた祥子は、その台をキープしようとする(矢野との台取りに勝利)。だが、上皿には百円ライターがある。祥子は、台の呼び出しとライター撤去を店に頼むが、やってきた店員の中西(古本新之輔)は、「じきに先客が戻ってくる」といって取り合わない。
仕方なく、祥子は隣の魔界組を打つ。すると、お座り一発でVが来る。中西が「その台だって、イイ線いってる」というが、1ラウンドであっさりパンク。「パンクしちゃたよ…」と祥子。一方、百円ライターの乗った角2の台には、ボディコン女子大生の友美(国実百合※)が現れて、ちゃっかり座って打ち始める。実は、友美に好意を寄せる店員の中西が、魔界組の甘釘台をライターで予めキープしておいたのだ。
※本作は「國實唯理」名義
友美の台は、お座り一発はもちろん、パンクもなく、出玉はグングン伸びる。友美も「やった!もっと入って!」と興奮。その様子を嬉しそうに、背後で眺める中西。だが、一部始終を見ていた祥子と矢野からキツイ視線を浴びて、バツの悪くなった中西は、逃げるようにその場を立ち去る。
(左から、古本新之輔(背中)、小森谷徹、國實唯理、井上彩名。正面にあるのが、魔界組のシマ)
なお、祥子と矢野の「迷コンビ」は、最後の最後で、ようやく婦女暴行犯を逮捕して、感激のあまり、結婚してしまうのだった…。
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魔界組(西陣、ハネモノ)
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