今回は、パチ・スロと全く関係のない話になるが(いつものことです)、
90年代にハマった(今もハマっている)大好きな「邦画」を紹介したい。
そのタイトルは、「櫻の園」(さくらのその)。
(1990年(平成2年)公開作品)
出演は、中島ひろ子、白島靖代、つみきみほ、宮澤美保ほか。
(ビデオパッケージ)
(C)1990 ニューセンチュリープロデューサーズ、サントリー
(C)1992 ビデオチャンプ
吉田秋生の同名漫画を基に、中原俊監督が映像化。
中原監督は、「東大出身」という経歴を持つ。
「ボクの女に手を出すな」「12人の優しい日本人」も有名。 脚本は、じんのひろあきが担当。
女子高「櫻華学園(おうかがくえん)高等科」では、毎年4月14日の創立記念日、
ロシアの作家、アントン・チェーホフの戯曲「櫻の園」を上演する習わしがあった。
その開演を約2時間後に控えた演劇部員22名の表情を、生き生きと描いたのが本作。
1990年、多くの映画賞に輝いた秀作は、公開から26年経った今も色褪せることなく、
各方面から称賛されている。
実は、私が本作を知ったのは、1990年の「劇場公開年」ではない。
この年は私の「パチンコ元年」。映画より、断然パチ・スロだった。
で、封切りから3年後の1993年(平成5年)、ひょんなことから本作と出会う。 今さら隠しても仕方ないので書くが、私は1990年から1995年まで、
早稲田大(政経・政治)に在籍。現役合格時はそれなりに評価されたが、
こんな懐古ブログを書けるくらい遊んでいたから、見事「一留」となり
(一科目分の単位が足りなかった)、卒業時には「只の人」。
まぁ、それはともかく… 当時、講義の空き時間に、グランド坂にある「中央図書館」によく出向いた。
もちろん、試験勉強やレポートのまとめなど、勉学での利用が主だったが、
それ以外の目的でも、しばしば足を運んだ。特に、上階には「AVルーム」という
部屋があり、映画や音楽の媒体(ビデオ、LD、CDなど)を無料視聴できたから、
「気分転換」と称して頻繁に利用した。 ’93年のある日、私は、何故かキャンパスで「ムラムラ、モヤモヤ」して、
件のAVルームで「お色気シーン」のありそうな映画でも見ようと思った。 無論、「AV」といってもアダルトビデオとは関係ないが(Audio Visual)、
ひょっとして「濡れ場」満載の邦画、洋画があるかもしれない、と踏んだのだ。 ルームに直行した私は、所蔵作品の中から、それらしきタイトルを探索。
当時、コンピュータ端末は無く、戸棚の引き出しにズラリと入った五十音順の
索引を一枚づつ手でめくって、やみくもにタイトルを探す他なかった。 すると、「さ」行を検索中、「櫻の園」という見慣れぬタイトルを発見。
当時は西洋文学に通じておらず、チェーホフなど全く浮かばなかったが、
「櫻」と「園」の妖艶な二文字から、「女性の同性愛映画」を連想した。
もしそうなら、「お色気シーン」もタップリあるに違いない…
そう直感してカウンターで申し込むと、ジャケット入りのLDを受け取った。 そのジャケットには、女子高生の顔写真がズラリと出ていたが、どうも
「エロ」とは無縁な気もした。視聴ブースに入ってLDを再生してみると、
やはり、その通りだった。女子高が舞台だが、「青春映画」の雰囲気。
演劇部員の少女たちの人間模様が、ストーリーの中心となっていた。
確かに、若く可愛い女性ばかり出てくるが、イヤラシイ感じはしない。
(冒頭のキスシーンを見た瞬間は、けっこう期待したのだが…)
ただ、作品を見て気づいたのが、「同性愛」とはいかないまでも、
「女生徒同士の儚い恋愛」というものが、結構見え隠れしていた。 結局、当初の「不純」な目的は果たせなかったものの、見終わると、
意外なほどの充足感があって、「もう一度見たい…」と素直に実感。
無人の部室で桜が静かに舞うラストシーンは、何とも言えない切なさだった。 以上が、本作との「初遭遇」の経緯だ。それ以後、中央図書館に出向く度に
「櫻の園」のLDを借りるようになり、ついには作品の「虜」となってしまった。 当時、あまりにも好きになりすぎて、レンタル屋でビデオを借り、ト書きを入れた
「オリジナル・シナリオ」を、自宅のワープロ(シャープ「書院」)で作ったほど。
(「オリジナル」といっても、自分で台詞を文字に起こして、ト書きを加えただけだが)
以下、その一部を拡大して紹介。本当は、もっと大きな文字サイズで打ったのもあるが、
感熱紙に印刷したのを長年放置しておいた為、今ではインクがすっかり消えてしまった。
唯一完全な形で残っていたのが、「避難用」に作っておいた、コチラの小さな文字Ver。
これがなければ、当時の努力の結晶は、感熱インクと共に消え去っていたところ。
元の文字サイズが小さい為、拡大しても読みづらい箇所があるが、どうかご容赦を。
(サンプル1:表紙) (サンプル2:キャスト)
(サンプル3)
(サンプル4)
(サンプル5)
しかし、私はなぜ、こうも「櫻の園」という映画にハマったのか?
その理由を、今さらながら考えてみると…
まず、何といっても、出演した若い女優たちの「魅力」。 「櫻華学園高等科・演劇部員」(2,3年生)を演じたのは、全員が
オーディションで選ばれた10代の女性。3年生役は撮影時18~19歳、
2年生役は16~17歳がメイン。部内の上下関係が自然に出ていたのは、
彼女たちの実年齢が、配役に反映されていたからだろう。
綿密な演技指導の下、リハーサルを繰り返したというだけあって、
少女一人一人が、みずみずしく躍動感あふれる演技を見せた。
彼女らが、私とほぼ同世代というのも、映画に親近感を覚える要因だった。 意外なのは、3年でリーダー格の「久保田麻紀」を演じた梶原阿貴さんが、
撮影当時まだ16歳で、下級生役の女の子達と、ほぼ同年代だったこと。
「しっかり者」の雰囲気で声質も低めなので、もっと年上に見えたのだ。
また、2年生役の白戸智恵子さんは、僅か14歳の若さで出演を果たした。
彼女は、その後「白鳥智恵子」名義でグラビア界を席巻。そういえば、
同じ2年生の大原真琴(麻琴)さんや浅沼順子さんも、後にグラビアへ進出。
その中でも、特に中心的な存在だったのが、中島ひろ子、白島靖代、つみきみほ、宮澤美保
(敬称略)の4名である。彼女たちが、この作品の実質的な「主役」といえよう。
中島ひろ子(志水由布子)
白島靖代(倉田知世子)
つみきみほ(杉山紀子)
宮澤美保(城丸香織)
みな個性的で魅力的なのは勿論、演技力も文句なしで高かった。
よくぞ、この4人を配したものだと、あらためて感嘆せざるをえない。
で、これら4人の役柄に共通するのは、「櫻の園」上演当日、
何らかの「負い目」や「引け目」を抱えていた、という事だろう。 2年生で舞台監督の城丸香織(宮澤)は、当日の朝、有ろうことか、
部室でこっそり彼氏とイチャついていた。バレたら大問題となること請け合い。
事実、その彼が首筋につけた「キスマーク」を、目ざとい部員に見つかってしまい、
前日自宅に帰らなかったことまでバレる(「中学の友達の家に泊まった」と言い訳)。
また、その彼氏が部室に置き忘れた、「煙草とライター」の在処も気にしている。
部内の「仕切り役」である彼女にとっては、どれもかなりの「負い目」であろう。 3年生で部長の志水由布子(中島)は、公演当日、何とパーマをあてて登校。
「伝統生きる女子高の演劇部長」の立場からすれば、かなりの「冒険」だ。
案の定、顧問の里見先生(岡本舞)に見つかってしまい、チクリとやられる。
真面目なイメージから脱却を図った訳だが、部長としての「引け目」は当然あるハズ。 同じく3年の倉田知世子(白島)は、演劇部の花形的存在。前年の男役の好演が効いて、
彼女に憧れるファンの生徒も多い。だが、今年の「櫻の園」では、苦手な「女役」の
ラネフスカヤを演じる。戸惑いを隠せない彼女は、ついには「上演中止」を願うほど
極度の自信喪失に陥っていた。主役級を演じる身として、大きな「引け目」に違いない。 そして、この日、最も強い「引け目」を感じていたであろう、3年生の杉山紀子(つみき)。
部内や校内で孤立しがちだった彼女は、他校の少女との親交が深かったが、公演の前日、
喫茶店で喫煙を見つかって補導される。実は、杉山自身はタバコを吸っておらず、
単に悪友らと同席していただけだが、有無を言わさず連行されてしまった。
補導の噂はたちまち校内にも広がり、「杉山事件」が原因で、伝統の「櫻の園」の
上演が中止となりかねない事態に。彼女の心中を察するに、言いようのない「引け目」を
感じていても、おかしくはない。事実、彼女は志水や他の部員らに謝罪を繰り返す。
かくして、本作で「主役級」を演じた上記四名には、
役柄上、みな何らかの「負い目」「引け目」があった訳だ。
(言ってしまえば、舞台が中止の危機にある「演劇部」全体に、
ある種の「負い目」があったともいえるが…)
しかし、こうした「憂い」を帯びた女性ほど、却って魅力的なもので、
彼女達の見せる様々な表情が、独特の「色気」として画面から伝わった。
また、志水、倉田、杉山の三名は、淡い「恋愛感情」のはざまでも揺れ動く。
「女生徒同士の儚い恋心」というのが、本作のテーマの一つでもあった。
部長の志水は倉田に憧れているが、その志水に密かに好意を抱く杉山…。
志水が、ラネフスカヤの衣装を一人いとおしく抱きしめるシーンや、
「私、倉田さんの事が好き…」というシンプルな彼女の告白には、同性への
憧れと恋慕の情が集約されている。
さらに、「若い女性を綺麗に撮らせたら、右に出るものがいない」と高く評された、
中原監督の確かな撮影技術と映像センスも、彼女たちの持つ魅力を倍加していた。
志水が、紙パックのコーヒー牛乳を飲む時の口元アップのワンシーンや、
彼女が倉田の着る衣装の胸元にレースを縫い付けた後、胸元に顔を近づけて
余り糸を歯で切る場面には、倒錯じみた「清純なエロティシズム」さえ感じる。
無論、他の部員たちが見せる、時に天真爛漫で、時に乙女チックで、時に斜に構えた
数々の表情も、女子高独特といえる「爽やかさ、清楚さ、清純さ」を醸し出していた。
それから、私は本作に見られる「時間軸」の特異性にも、心を打たれた。 普通、映画といえば、そこそこ長いタイムスパンで、ストーリーが進む。 1か月、半年、 1年、5年、10年…時には、百年単位の壮大な物語もある。
だが、本作は、演劇部員たちが登校してから、舞台袖で開演を迎えるまでの
「2時間少々」の様子を描いたに過ぎない。「記録映像」とでもいうべき短さだ。
城丸と彼氏の冒頭シーンが「午前7時50分」頃。芝居の開演予定が「午前10時」。
途中、開演が「15分遅れ」になったから、実際に幕が開いたのは「午前10時15分」。
即ち、およそ「2時間25分」の出来事を、一本の映画にまとめた事になる。 言わば、日常のわずかな一瞬を小さく切り取り、それを
拡大ルーペで目いっぱい引き延ばして、作品に仕上げた。
まぁ、多感な十代の少女達なら、たった2時間であっても、
様々な心理変化がある訳で、それを追うだけでも面白いハズ。 しかも、「創立記念日」という特別な日に、年一度の特別な芝居を演じる演劇部員らが、
直前になって「上演の危機」にさらされたとなれば、その心情はさらに揺れ動くだろう。
かくして、たった数時間の出来事であっても、監督、シナリオ、そして演者次第で、
見事な作品に仕上がる事を、本作は証明した。私は、そんな部分にも、強く惹かれたのだ。
そういえば、中原氏が本作に次いで監督を務めた「12人の優しい日本人」も、 12名の個性溢れる陪審員が 一堂に会してから、評決がまとまるまでの
数時間程度の短いやりとりが、テンポよく、そしてコミカルに描かれていた。 こういうスタイルの作品を魅力タップリに仕上げるのも、中原監督の才能だろう。
さらに、 本作の随所に登場する「桜」も、日本人の心を
本能的に揺さぶるアイテムとして、効果的だったと思う。
「美しく、儚い」桜の花を、毎年学年が上がり、やがて卒業する運命の
少女らに重ねると、何とも言えず、センチメンタルな気分になる。
また、熊本マリが奏でる優美で静かなショパンの旋律も、哀愁を誘った。
もう一つハマった理由を挙げれば、「女子高」という厚いベールに包まれた世界を、
レンズを通して覗き見る感じがして、背徳心を覚えつつも、強く興味をそそられた。
(大学時代の女友達(女子高出身)は、「実際の女子高と全然違う!」と評したが…)
こういった数々の理由から、私は「櫻の園」の世界にドップリと浸かった訳だが、
出演者で特に惹かれたのが、倉田知世子(ラネフスカヤ)を演じる白島靖代さんだった。
(現在は芸能界を引退。ヤクルトスワローズ、土橋コーチの奥様)
※「櫻の園」出演者、私のタイプ「ベスト10」(あくまでも個人的見解)
1位:白島靖代 2位:つみきみほ 3位:丸山昌子 4位:菅原香世 5位:森沢なつ子
6位:後藤宙美 7位:金剛寺美樹、8位:山田純世 9位:古川りか 10位:橘ゆかり
「いかにも女子高生」といった演者が多い中、彼女は落ち着いた「大人」の雰囲気があり、
ひときわ目立つ存在だった。女子高の演劇部の中に、一人だけ「宝塚のトップスター」が
混じっている印象さえあった。高身長でスタイルもよく、ボーイッシュなヘアースタイルで
目鼻立ちもくっきりした彼女は、当時の私の「タイプ」そのもの。また、どこか「陰のある」
生徒を情感豊かに演じていて、その謎めいた魅力にも、すっかりヤラれてしまった。
そんな感情がつい抑えきれず、私は’94年12月、白島さんに「誕生日の花束」を贈った。
大学にほど近い、早稲田通りの「フラワーショップおざき」という花屋に駆け込むと、
金一万円也で「おまかせ」の花束を注文。メッセージを添えて当時の事務所に届けた。
(当時の「お届け伝票」控え(一部修正済))
今思えば、いかにも唐突で短絡的な行動だったが…
あの衝動は、「抑えろ」と言われても無理だったと思う。
ともかくも、22年越しに当時の不調法をお詫びしたい。
妙な花束を贈ってしまい、大変失礼しました。
(ご本人が覚えていない可能性も、大いにあるが)
また、本作では、メイクを済ませた倉田(白島)と志水(中島)が、裏庭に出て、
記念撮影のカメラに向かって頬を寄せ合うシーンも印象的だった。本作を見た後、
二人が他の映画やTVドラマで再共演しないかと、TV雑誌等を頻繁にチェック。
すると、1994年夏、テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」枠で共演の機会があり
(「軽井沢・殺しのレクイエム」)、私は「櫻の園」を重ね合わせながら、
感慨深く鑑賞した(かなり物騒なストーリー展開ではあったが…)。
確か、白島さんがバイオリン奏者、中島さんがピアニストの役で、共に演奏するシーンもあった。
白島さんは殺人犯を捜す側で、中島さん演じる清楚なピアニストが真犯人という結末のハズ。
余談だが、長江健次と井上彩名が、チャラいカップル役だったのも覚えている。
主演は渡辺徹、共演が石野陽子。また、いつか再放送しないかな…。
最後に、映画「櫻の園」にまつわる私のエピソードを、もう一つ。
本作との最初の出会いが、封切り3年後の「レーザーディスク」だったから、
当時の私は、「一度は劇場スクリーンで「櫻の園」を見たい」という願望があった。
そんな折、1994年(平成6年)7月、本作を上映するイベントが都内で開催される。
それは「第2回・日本インディペンデント映画祭」というもので、
「日本独立映画制作者協議会※」が主催する上演イベントだった。
映画祭のキャッチフレーズは、「観客が育てる日本映画の明日」。
(※資料が少なく断言できないが、おそらく、現「日本映画製作者協会」の前身)
(当時のチケットが、ボロボロながら残っていた)
(チケットの裏に、上映スケジュールが記載。イベント期間は、’94.7.2~7.8の1週間。
当時の上映作品を、見たまま書くと…
7/2(土)…「800 TWO LAP RUNNERS」「にごりえ」(その他、「筑紫哲也シンポジウム」など)
7/3(日)…「グリックの冒険」「名作アニメシリーズ」「ブンナよ木からおりてこい」
「アルプスの少女ハイジ」「蒼い記憶」(その他、「黒柳徹子トーク」など)
7/4(月)…「教祖誕生」「大誘拐」「月光の夏」「タンポポ」
7/5(火)…「裸足のピクニック」「伽耶子のために」「AKIKO あるダンサーの肖像」「月山」
7/6(水)…「二十歳の微熱」「櫻の園」「ツィゴイネルワイゼン」「太陽を盗んだ男」
7/7(木)…「草の上の仕事」「恋のたそがれ」「姉妹」「ジャックと豆の木」「瀬戸内少年野球団」
7/8(金)…「この窓は君のもの」「スタア」「キッドナップブルース」「ジャズ大名」
(その他、「ジャズ大名バンドライブ」など)
このイベントを偶然にも知った私は、期待に胸ふくらまして、会場である
今は無き東京・渋谷の映画館「渋谷エルミタージュ」へと出向いた。
実は、上映後、ゲストの「トークコーナー」があるとの事前情報もあり、
「白島さんや、他の出演者が来るかもしれない」と、淡い期待を抱いた。
「櫻の園」は、’94年7月6日(水)の13:40~15:20に上映。上映後にトークコーナーもあった。
渋谷エルミタージュのスクリーンに映された「櫻の園」は、私の知る中央図書館のLD用モニターや、
自宅のTV画面と比べると、全く感動の度合いが違った。やはり、映画は映画館で見るのが一番…
そんな当たり前のことを、改めて認識すると共に。かねてからの「念願」が叶った事に満足した。
待望の「銀幕鑑賞」を果たした後、やはりお目当てのトークコーナーとなった。当時の出演者は
来なかったものの、中原監督ご本人が来場。また、歌人の林あまりさんも聞き手として
ステージに上がり、撮影時のエピソードや苦労話などを楽しく語らった。
なお、この上映から2か月後の94年9月には、NHKで「ソリトン・金の斧、銀の斧」という
番組が放映。司会の高橋由美子さんが日活の撮影所に出向き、中原監督と対談を行っている。
この番組でも、当然ながら「櫻の園」にスポットが当てられた。してみれば「1994年」は、
私のみならず、様々なメディアや映画団体などが、本作に再注目した時期だったといえよう。
まぁ、色々とぶっちゃけた記事になったが…今回は、この辺で。
(追記)「櫻の園」に関する素朴な疑問
朝、演劇部の部室に皆が登校するシーンで、三野輪有紀演じる真由美が、
いせり恵演じる喜美子に、「アキコ、お早う!」と声をかける場面がある。
相手の名前が「キミコ」なのに、なぜ真由美は「アキコ」と呼んだのか?
何かの理由で「アキコ」と仇名が付いていた?或いは、単なる台詞間違いか。
20数年疑問に思っているが、判らない。どなたか、知っている人いますか?
※コメント欄の取り扱いについて