1998年(平成10年)にサミーから登場した4号機「ビンビンカミサマ」
「福の神」「貧乏神」がモチーフの、A-600タイプ4号機。ビッグ図柄は黒7
(マンクラのフォルムでカッコイイ)とオレンジの福の神(FUKUNOKAMI、
LUCKYのロゴ入り)。バケ図柄は貧乏神(コチラはBINBOのロゴ入り)の
描かれた黒BAR。獲得枚数の多いビッグは有難く、低確率だが枚数の少ない
バケは疫病神扱い、といった感じが図柄に出ていて面白かった。下パネルや
リール窓下でも、快活な福の神と陰気臭い貧乏神が、対照的に描かれていた。
なお、下パネルの表記は「BIN貧神さま」である。
個人的には、2種類のビッグサウンドやジャックゲームのBGM、さらに
ビッグの残りゲーム数が少なくなるとサウンドがハイテンポに変化して
打ち手を焦らせるなど、効果音の秀逸さも印象に残る。和風テイストが
全開だったが、特に「祭り囃子」を思わせるジャックゲーム(REG)の
メロディは、自分の中でも「REG音ベストテン」に入るほどの好み。
(ボーナス確率)
(払い出し表)
本機は、18、9年ほど前に東京・有楽町の「UNO」(現存)と
いうホールでちょくちょく打った。当時、職場が二重橋前にあり、
昼休みや仕事終わりに、至近距離の有楽町駅に徒歩で出向いては、
駅前のホールに入り浸った。UNOや同系列の「DUO」(現存)、
隣の路地(朝日街通り)のアレンジボール店「かもめ」(閉店)
などが、当時の主戦場である(かもめの向かいに「ラスベガス」
ってスロ屋もあったな)。
※90年代前半は、UNOの位置に「サンスター」、DUOの位置に
「大丸」というパチ屋があった。
現在、有楽町UNOは、駅前再開発の一環で2007年完成した大型商業ビル
「イトシア」内で営業を続けるが、私が通っていた1998~2001年とは、
当然ながら店の「趣」を大きく異にする。
その当時のUNOというと、1Fがパチンコ、2Fパチスロで、3Fに上がる
階段途中の左手にトイレがあり、そして、階段を上がった薄暗い3Fが、
自販機とテーブルと椅子のある、少々殺風景な休憩用スペースだった。
1Fでは、よくハネモノを打っていた。階段真下の狭苦しいスペースに
平和の「どすこい大相撲」や大一「Mr.ダイナマイト」が並んでおり、
有難いことに「無制限」で営業していた。釘も無制限にしては甘めで、
よく、スロでやられた後に「損失補填」させて貰った。ただ、一部の
台の天井が物凄く低く(ちょうど、階段下のコンクリートが頭に当る)、
それを忘れて注意散漫に立ち上がると、そのコンクリに頭を「ガーン」
とぶつけてしまい、目から火が出るような痛さを何度となく味わった。
今も、前頭部辺りに「コブ」があるのだが、それはUNOでハネモノを
打った際の「名誉の負傷」なのだ。
一方、2Fでは、本機をはじめ、同じサミーの「メロディナーレ」、
オリンピアの「キャロルクラブ7」、IGTの「エルビス」そして
北電子「プチマーメイド」「レジェンダ」などを好んで実戦した。
アルゼや山佐辺りの定番機種なら、同系列ですぐ近くの「DUO」
に多数置いてあったし、少し足を延ばせば他店で実戦できたから、
あまり(近場で)設置の多くない、キャロルセブン7やメロディ
ナーレなどに座る機会が、自然と増えたのだ。
そうそう、小役抜きの攻略ネタが出た岡崎産業「コア」も、
此処の2Fが初打ちだった。(既に攻略ネタが広まった後。
「変則打ちは固くお断りします」の注意書きを台に貼った
状態で、暫くコアを置いていた。)
おっと、UNOの思い出ばかりを語ってしまったが、そのUNOで
しばしば実戦したのが、今回紹介する「ビンビンカミサマ」だ。
サミーが「A-600タイプ」初号機として送り出した、本格的な
大量獲得マシンである。
ご存知の通り、この時期、スロの規定に関する「解釈」の変更が
あった。「目押しをせずに取りこぼした小役は、本来の機械割に
含める必要なし」という拡大解釈を行う事により、目押しをして
特定箇所を狙うと出玉率が大幅にアップする台が、「新基準機」
として各社から登場。その第1弾は、NETのマイナー機「サハラ」
だった。だが、サハラのビッグは、500枚を大きく超えるような
大量獲得など、ほぼ期待できなかった。一方の本機は、理論上は
「600枚超え」も狙えるスペックで(実際には、平均500枚弱に
落ち着いたが)、新基準機本来のポテンシャルは、サハラよりも
上だった。(但し、私自身はサハラをいたく気に入ってしまい、
猛烈に打ち込んだ時期がある(東京・四谷の、今はなきスロ屋
「エース」にて))。
この当時、大量獲得の新基準機では、アルゼの「ビーマックス」が
最右翼だった(登場時期は本機の数か月後)。コチラは、目押しが
完璧ならば650枚オーバーさえも頻出して、最大の711枚も狙えた。
それに比べれば、本機のビッグ平均出玉は劣っていたが、ビーマで
不可欠な「ビッグ中のビタハズシ」は不要で、割と容易にビッグを
消化できた。ビーマのハズシは、正に「真剣勝負」の連続といった
様相で、左のストップボタンを押してハズす度に、心臓が「ドキッ」
となったのを思い出す。
本機のビッグ中の消化手順だが、ハズシ時の負担を大いに軽減
してくれたのが、「2種類のジャックイン図柄」の存在である。
本機のJACIN図柄には、上図のように「小槌・小槌・BAR」と
「鈴・鈴・鈴」の2つがある。加えて、ビッグ中の制御により、
順押し時は小槌を優先的にテンパイさせて、変則押しだと鈴が
優先テンパイする。この特性を用い、1,2回目の小役ゲームは
ハサミ打ちで消化、「鈴」で普通にジャックインさせる。一方、
3回目の小役ゲームは、順押しに切り替える。こうするだけで、
ジャックイン時は「小槌」がテンパイするので、右でBARを
ハズせばOKとなる。しかも、右に二つあるBARは、配列上
一か所に固まっていて(黒7の2コマ上と3コマ下)、その
BARの塊から遠い位置にある「2連の福の神」(オレンジの
塊で見易い)を狙うだけで、いとも簡単にハズせた。
(このようなハズシシステムは、NETのトリップデビルが最初で、
その後も同社のサハラやラインズセブン、北電子のメキシカンCT
などで採用された)
さらに、ビッグ中のメイン役である角チェリーが14枚(通常4枚)
に変化。毎ゲーム、左枠内にチェリーを狙えば、取りこぼし無し。
配列上、左のチェリーは黒7とBARに挟まれている為、左に「黒い
塊」を狙うだけでOKだった。因みに、15枚役の山と8枚の小槌は、
低確率なので無視して良い。なお、ハズレと8枚役には設定差アリ。
上記の要領で3回目の小役ゲームを引っ張り、残り7ゲームから
ハサミ打ち・チェリー狙いに戻せば、適当打ち時と比べて100枚
以上の大きな差が付いた。平均獲得枚数は490枚程度。
なお、リーチ目については、私は愚直なまで「上段黒7狙い」ばかり
やっていたので、マニアックな出目には詳しくない。有名処を幾つか
あげると、右上がりなど特定の並びのビッグ図柄一直線や、小役等の
Wテンパイハズレ、「BAR・BAR・福の神」が一直線に並んだ形
(ビン・ビン・カミサマ形)、小槌の「菱形」(ダイヤモンド)、
中・右に2連チェリーや福の神が2個づつ並んだ形(ニコニコ)、
左チェリー付きボーナス図柄のハサミテンパイ(成立後)、中段
鈴揃い(成立後)、中リールの「チェリー・小槌・チェリー」や
「山」が強い(左上or下段に黒7⇒中・中段山の二確も存在)など。
また、ハサミ打ち時は、左上段黒7停止から、右の上・下段に黒7、
或いは右の上・中段に「2連福の神」が止まれば、その時点で二確。
こうした各リーチ目の中でも、個人的に最も印象深いのが、下に示した形、
即ち、「上段黒7&下段鈴の平行テンパイで、右リールで鈴がハズれた形」
である。普段は、たいてい鈴(リプレイ)が下段に揃ってしまうのだが、
サクッとハズれる事もあって驚かされた(BOSS&しのけんの「旅打ち」
ビデオ(大阪編)でも、しのけんが何度か降臨させていた)。
↑↑コレ↑↑
件の有楽町UNOの話だが、本機の設置台数はさほど多くなく(バラエティ的
設置)、また、露骨な高設定を長時間回した記憶も、あまりない。それでも、
昼食後の休み時間が30分くらいしか残っていない時、安銭で本機でビッグを
1回引き、0Gヤメ⇒即換金⇒仕事場に戻るなんてパターンも結構あったから、
短時間勝負では、割と重宝した。
しかしまぁ、そんな余裕のない時でも、つい一勝負したくなってしまう…、
現在の自分の感覚では到底考えられないが、やはり、あの時代のスロには、
私をときめかせる「何か」が、確実にあったのだろう。
(サミー「ビンビンカミサマ」の項、了)
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ビンビンカミサマ(サミー、4号機)
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