1997年(平成9年)にサミーから登場したCRデジパチ「CRタートルダッシュRX」
(別名「うさぎとかめさん」)
★日本昔話(説話)の「ウサギとカメ」がモチーフ(主人公はカメ(=タートル))
★ドラム機(5ライン)
※筐体は、当時、提携関係にあったSANKYOのカラーが強い(先行機「CRガオガオキッズ4」の流用)
★賞球…6&15
★大当り確率…通常時=1/337、確変中=1/67.4
★ドラム回転時間…9.1秒。但し、保3、保4点灯時は6.5秒に短縮。新装時でブン回る時は、時間効率が大幅アップした。
★ドラム停止順…左⇒右⇒中
★大当り図柄…カメ、赤7、三段BAR、BAR、ウサギ、スイカ、ベル、プラム、チェリー
(計9種類、45通り)
★大当り継続ラウンド数…最高16R(アタッカーのVゾーンに入らないとパンク)
★大当り中、童謡「うさぎとかめ」のメロディ(アレンジ調)が流れる
★出玉…約2300個
★確率変動機能を搭載
・全9図柄中、「カメ、赤7、三段BAR、BAR」の4図柄で揃うと、次回までの確変に突入
(大当り確率5倍アップ)
・確変ループアリ。但し、「新基準機」の為、最大継続「5回」のリミット付き
(5回目は、必ず通常図柄で当る)
・確変突入率(継続率)…20/45=4/9(約44.4%)
現役当時、「ただ、何となく」打っていた本機だが、18年以上も経つと、流石に「郷愁」や「愛着」を感じる。
実戦地は、当時、地元だった新百合ヶ丘「ジアス」(現存)。本機も、先行機「CRガオガオキッズ4」も、このホールの2Fで打った。新宿・歌舞伎町(旧コマ劇前)の「オデヲン」(閉店)でも、打った記憶アリ。
大勝ちの記憶こそないが、CR機にしては遊べた感覚が強い。まぁ、リミッターの付いた「新基準機」だから、当然と言えば当然だが。
さて、本機の特徴は、何といっても、「リーチ目の概念を採用した」点だろう。
リーチ目といっても、80年代のデジパチ※によく見られた、「デジタルに特定の目が出たら、次回転で大当り」という類のものではない(本来、これがデジパチの「リーチ目」だが…)。
※当時は「係数加算方式」のデジパチが主流で、前回出目と係数から計算して、次回転での大当り出現が予測可能な場合があった(リーチ目の存在)。また、自然停止時とストップボタン使用時では係数が異なる為、出目に応じてボタンを使い分けたりした(回転前からストップボタンを押し続ける、「ベタ押し」なる技も存在)。
また、某・有名漫画家が雑誌で紹介していた、いわゆる「オカルト」系のリーチ目とも異なる。
(CR大工の源さんの(炎スベリ付き)「3・源・源」や、CRモンスターハウスの「ミ・ド・マ」など)
では、完全確率方式における本機の「リーチ目」とは、一体どんな意味だったのか。
本機は、左右ドラムテンパイでリーチになると、中ドラムが高速回転してから、一旦停止。その後、中ドラムが再始動して、あらためてリーチアクションが開始される。
中ドラムが一旦停止する時は、カメ、赤7、スイカといった9図柄の何れかが、必ずテンパイライン上に止まる仕組み(但し、同一図柄の3つ揃いとなる形を除く)。
そして、この「一旦停止図柄」によって、大当り信頼度が異なるという、一風変わった特徴があった。本機では、これを「リーチ目(機能)」と呼んだのだ。
一旦停止時、有効ライン上には「左右同図柄、中のみ別図柄」の「一直線型」が現れる※。この形を、「パチスロのリーチ目(パターン目、チャンス目)」になぞらえた感じである。
※ダブルテンパイ時は「中ドラム中段」に一旦停止する為、テンパイ図柄を基準とすれば、「小山型、小V型」になる(出目的には、クロスラインの一直線型)。
まぁ、デジパチ本来の「リーチ目」とは違って、「リーチ信頼度の先告知」といった機能だが、こうした創意工夫は、とかく退屈になりがちな通常時のゲーム性に、「奥行き」を与えた点で評価できる。
上述した通り、一旦停止する中ドラムの図柄によって、リーチ信頼度に大きな「差」が生まれた。
もっとも信頼できるのが、主役の「カメ」。その次が、ライバルの「ウサギ」。並べて書いてはいるが、カメとウサギの信頼度の差は、かなり大きかった記憶もある。
一方、「スイカ」「ベル」「プラム」「チェリー」の小役図柄だと、さほど期待できない(当る事もある)。
また、「赤7」「BAR」「三段BAR」は、カメより信頼度は劣るものの、期待の持てるスーパーリーチに発展し易くなっていた。、只の小役図柄と比べれば、「ややアツ」だったといえる。
なお、いわずもがなだが、高信頼度の図柄ほど、一旦停止しづらい特徴があった。
さらに、本機の「リーチ目」的な機能には、もう一態様あった。それが、デジタル回転中に起こる、「予告アクション」である。
デジタル回転中、いきなり効果音が鳴って全ドラムが一旦停止した後、けたたましい効果音と共に再始動して、そのままリーチに発展する…時折、こうした派手なアクションが起きる事があった。
そして、この一旦停止時、有効ライン上に「カメ」と「ウサギ」の組合せが一直線形で並べば、大きなチャンスとなったのだ。
(「カメ・ウサギ・ウサギ」「カメ・カメ・ウサギ」など。但し、同一図柄の三つ揃いは止まらない)。
デジタル回転中に、こうした一直線目で一旦停止した場合、高確率で全ドラムが再始動して、リーチに繋がった。再始動の時点で、リーチが確定する。
先述した「リーチ目」がリーチ開始後のアクションとすると、この「予告アクション」はリーチ発生前のアクションである。
但し、この予告アクションには「ガセ」もあり、カメとウサギが一直線からズレてしまったり(崩れ目)、大当り図柄が枠外に揃って止まったりする事があった。こうした「フェイント」予告の場合は、ドラム再始動もリーチも起こらず、そのまま次回転がスタートする。
さらに、カメとウサギの一直線目が出ても、ドラム再始動せずにスカされる事が、稀にあった。
また、予告アクションから「びっくりかめかめリーチ」(⇒後述)に発展する時は、リーチ発生時に中ドラムの「リーチ目」も出る。つまり、「予告」と「リーチ目」の双方を楽しめた訳だ。予告発生後、左右ドラムがテンパイした時、中ドラムに「かめ」が止まればゲキアツとなる。
それと、本機はリーチアクションも多彩だった。特に、通常時と予告アクション発生時で、出現するリーチが異なるのが特徴。予告アクション経由の方が、信頼度も高い。以下、各リーチを概説。
(通常時のリーチ)
・かめさんリーチ…中ドラムがスロー回転するノーマルリーチ。ショート(2周まで)、ロング(3周目)、二段階(一旦ハズレ後、再始動)の3パターンがあり、いずれのパターンでも大当りする。二段階は鉄板(ショート、ロングどちらも再始動の可能性あり)。
・かめかめリーチ…大当り図柄付近のみ、中ドラムが「コマ送り」に切り替わる。最大で3周するが、どの周回でも当たる可能性あり。
・ビタ止まりリーチ…左右テンパイ後、リーチアクションも無しに、中ドラムがいきなり揃って大当り。驚きの「即止まり・鉄板」アクション。
(予告アクションからのリーチ)
・びっくりかめかめリーチ…カメ・ウサギの一直線目が出現した後、ドラム再始動で左右テンパイ。その後は、通常時の「かめかめリーチ」と同じく、コマ送りリーチになる。予告の有無を除けば、リーチアクションは「かめかめ」と全く同じだが、信頼度はコチラの方が上。
・カメさんダッシュリーチ…全回転リーチA。一直線目出現後、ドラムが再始動して、3つのドラムがシンクロ状態で「高速回転⇒全停止」を繰り返す。最終停止時、図柄が揃っていれば大当り。
・かめさん回転リーチ…全回転リーチB。一直線目出現後、大当り図柄が一部揃った状態のまま、低速で全回転スクロール。最終停止時、その図柄で止まれば大当り。
初当り確率は1/337。最高16ラウンド継続で、出玉は2300個。先行機のガオガオキッズが「1/376.8」と低確率だったから、大ハマリの危険は減った(その分、爆裂度は劣るが)。なお、ガオガオキッズは、確変時の出玉が10ラウンドで1500個と少なかったが、本機の場合、図柄に拘らず「16Rの2300個」が確保できた。
また、全9図柄中「かめ、赤7、三段BAR、BAR」の4図柄で当れば、次回までの確変に入る。
確変中は、大当り確率が5倍アップの1/67.4となる。電チュー性能も良く、確変中、さほど出玉が減る感じはしなかった(確変中の電チュー開放時間は2.4秒)。ただ、ステージ経由でヘソ(電チュー)に入るので、、止打ちして玉を増やすタイプではなかった。
また、本機は、射幸性を抑えた「新基準機」で、最大確変回数は初回を含めて「5回」まで。当時はショボく感じたものだが、今となっては良心的なスペックに見えてくるから不思議だ。
★余談…90年代・日本テレビ土曜深夜バラエティ、「DAISUKI」パチンコ対決について
⇒1997年(平成9年)11月15日放映回で、本機が対戦機種として登場。
(C)日本テレビ
本機が出てきたのは第2回戦。第1回戦はCR大工の源さん。第3回戦はCRモンスターハウス。
ロケ地は、東京・東銀座(歌舞伎座近く)の「イーストヴィレッジ銀座」(閉店)。ゲストは志村けん。
(日本テレビ)
レギュラーメンバーの中山秀征、コマ送りする「かめかめリーチ」(又は「びっくりかめかめリーチ」)から、ビシッと右上がりにプラムが揃って大当り。カメラワークがイマイチで、予告アクションの有無が判別できず…。
(日本テレビ)
同じくレギュラーの松本明子。コチラはノーマルの「かめさんリーチ」から、ベルが右上がりに揃う。左手を高々と突き上げて、満面の笑みでガッツポーズする松本さん。この日、最初(で最後)の大当りであった。
(日本テレビ)
この日不調だったのが、もう一人のレギュラー、飯島直子。「クイーン」の異名をとる強運の彼女も、この回はヒキがイマイチで、三戦とも大当り無し。「タートルダッシュ」対決では、予告アクション時の派手な効果音に反応するが、すぐに赤7が枠外に揃ってしまい、何事もなくそのままスルー(ガセ予告)。「一体、今の動きは何だったの?期待を持たせて…」といった風情で、TVカメラをキッと睨んでいた。
※CRタートルダッシュRX対決
第1位…松本明子(大当り1回、出玉2304個)
第2位…中山秀征(大当り1回、出玉2186個)
第3位…飯島直子、志村けん(共に大当り無し)
※3回戦トータルの出玉順位
優勝 …中山秀征(9201個)※CR大工の源さんで確変を引く
第2位…志村けん(3485個)※CRモンスターハウスで単発2回当り(歓喜のヒゲダンス披露)
第3位…松本明子(2304個)
第4位…飯島直子(0発)
※対戦途中、4人が休憩した場所(軽食タイム)
⇒手作りコロッケの老舗「チョウシ屋」(東銀座)…揚げたてのコロッケ、トンカツ、コロッケサンドなどを堪能。
CRタートルダッシュRX(サミー、デジパチ)
スカルヘッズ2(メーシー、4号機)
1998年(平成10年)にメーシーから登場したパチスロ4号機「スカルヘッズ2」
文字通り、「ドクロ(ガイコツ)=skull(heads)」をモチーフにした、ユニークなAタイプ4号機。
ボーナス図柄テンパイ時は、「コキコキッ」と骨の鳴るようなテンパイ音がする(妙に味わいある音)。同時に、リール窓下のドクロの両目も、不気味に赤く点滅。
業界初、「4種類のビッグボーナス(赤7、青7、ドクロ、三段BAR)」も、斬新な試みだった(従来は最高3種類)。各図柄ごとに、ビッグのファンファーレも異なる。個人的には、「赤7」時の音が好きだった。適度な技術介入性もあって、楽しめた一台だ。
しかし、このドクロキャラ(スカルヘッズ君)は、果たして「悪の化身」か、或いは「正義の味方」か。
「ドクロ」など、いかにも悪役めいているし、ホネホネ柄の黒タイツも、仮面ラ〇ダーの敵役キャラ「ショッカー」なんかを思わせた。
一方、キャラが赤7を握りしめる様子からは、「7を呼び寄せる、正義の味方」的なイメージも湧く。ベットボタン脇には、相棒と思しき「ホネホネ犬(?)」。これも、「ヒーロー物」にありがちな設定だ。ビッグ中の軽快なブルースロック調サウンドも、「ドクロ戦士・スカルヘッズのテーマ」と呼びたくなる
ような、アニメ主題歌的なノリに聴こえた(哀愁漂う、ジャックゲーム中のBGMも秀逸)。
そういえば、不朽の名作「黄金バット」も、やはりコワモテのドクロが、正義の味方だったな…。
果たして、この「スカルヘッズ」君のキャラ設定や、如何?
(メーカー小冊子を持ってる人は、何か知ってるかな)
★ボーナス確率
BIG REG
設定1 1/287.4 1/564.9
設定2 1/277.7 1/512.0
設定3 1/264.3 1/496.5
設定4 1/252.1 1/496.5
設定5 1/240.1 1/496.5
設定6 1/240.1 1/420.1
★リール配列
★各役の払い出し表
井の頭線・渋谷駅ガード傍のスロ屋(「スロットクラブエスパス2」)のフロアを徘徊中、たまたま遭遇したのが、本機との「なれ初め」。その後、新宿・歌舞伎町の「グリンピース新宿タワー店」でも打つ機会がたびたびあった。
当時は、職場近くの有楽町、赤坂見附、東銀座といったエリアでの勝負が多かったが、さらに新宿(学生時分の本拠)、渋谷、四ツ谷、飯田橋、神楽坂、高田馬場、溝の口、登戸、向ヶ丘遊園、新百合ヶ丘、町田などの「戦地」に足を伸ばす事もあった。仕事終りに、職場から直接タクシーで現地に乗りつける「愚行」を、頻繁に犯した頃でもある。
因みに、当時の業界はパチよりもスロに大きな勢いがあって、とりわけ、アルゼ(現・ユニバーサル)系の4号機が人気だった。私も、クランキーコンドル、クランキーコンテスト、タコスロ、サンダーV、バーサス、ゲッターマウスなど、小役狙いやハズシが効く技術介入機と、よく対戦したクチだ。
また、これらの先行機に鍛えられたお蔭で、「初見」の台でも、ある程度打って配列・制御を見れば、小役狙いのポイントやハズシ手順が、自ずとその場で掴めるようになっていた。
(攻略誌で自分の手順を「答え合わせ」する感じ)
だが、17年前、渋谷で本機を初打ちした時は、いつもと勝手が違って、少々苦労した事を思い出す。
余談だが、渋谷・井の頭ガード下の老舗「タイガー」も、この時期、井の頭線西口改札寄りの半地下に、店舗が移動していた(その後、暫くしてクローズ)。
左リールの何処を狙っても、小役を取りこぼしそうな配列。ドクロとBARの組合せ(6パターン)からなる15枚役も全リールでこぼし易く、「ガセ目」の原因になるなど、結構クセモノだった。リプレイ(ジャックイン)図柄も「赤7・プラム・プラム」「青7・プラム・プラム」「BAR・プラム・プラム」と風変わり。さらに、変則押し時は制御が変わり、小役をバンバンこぼす上に、さも入っていそうな出目が、平気でガセったりもした。
そんな感じで、当初は、本機の打法について、あれこれ「試行錯誤」を繰り返した。私は、リーチ目を多く覚えるタイプではなく、左リールに狙うポイントを決めて、簡単かつ確実にフラグ察知したい性分だった。また、「小役こぼしのガセ目」も大嫌いだったので、全役をフォローできて、ボーナス察知も容易な手順を見つけるのが、機種を問わず「至上命題」だった。
で、あれこれ試して辿り着いたのが、順押しで「左リール中段に青7(枠上ドクロ)」を狙う手順だ。
(結局は、オーソドックスな手順に落ち着いた)
ここを狙えば、2チェ、4チェ、ベル(8枚)、15枚、リプレイ何れも、こぼさず取り切れる。但し、1コマ早いと2チェを取りこぼす為、一応「ビタ」が求められた(1~2コマ遅く押す分には、問題ないが)。
このビタ手順は、毎ゲーム全リールに15枚役(ドクロ・BARの組合せ)を狙う煩わしさがなく、時間効率もアップする(ビタ自体が煩わしいともいえるが)。左がビタ停止なら、中、右は適当押し(順押し時、ベルはこぼさない)。1~2コマ滑ったら、中・右で15枚狙い。3~4コマ滑りはチェリーで、やはり中、右適当でOK。シンプルかつ効果的な打法であった。
左が1コマ滑って「ドクロ・プラム・青7」が出たら、「リプor15枚orボーナス」の3択で、ハズレ無しの「ちょいアツ目」(左の目押しが正確な場合に限る。大抵は、リプが揃うが…)。また、2コマスベリも、「ベルor15枚orボーナス(orハズレ)」という感じで、スベリにもアツくなれた。
また、左のビタさえ決まれば、チェリーのこぼしも無い。だが、成立時の「入り」に気付かない事もあって、チェリー付きのリーチ目(アト目)がいきなり出て、驚かされたりもした。
★★以下は、「左・中段青7(枠上ドクロ)」狙い時の、「小役回収打法」(KKK、DDT)の概説。
まず、左・中段に「青7」をビタ。左に青7は2つあるが、「枠上ドクロ」の方を狙う(枠上チェリーだと、15枚をこぼしてしまう)
(枠上ドクロの青7を、中段ビタ) (コチラを狙ってはダメ)
(A)そのまま止まった場合
左・中段に青7がビタ停止なら、「ハズレorベルorボーナス」。残るリールは適当押し(オヤジ打ち)。ハズレかベルが大半だが、「0枚役」扱いのプラムが揃えばリーチ目(順押し時)。プラムは静かに揃うが、インパクト大。また、ボーナス図柄(赤7、青7、ドクロ、BAR)の組合せが中段に揃っても、鉄板となる(バケ濃厚)。
順押し小役狙いを条件に、全ライン鉄板のプラム(0枚役)。変則押し、小役こぼし時はガセあり。
ボーナス図柄の一直線型も、全ライン有効のリーチ目。この中段揃いはバケ濃厚だが、BR成立後の「2チェこぼし」で出る事もあって、その場合はビッグの可能性も残る。
※さらに、以下の目、即ち、左・中段青7、中・下段ボーナス図柄」、右・中段ボーナス図柄」の形もリーチ目。
(B)左が1コマ滑った場合
1コマ滑って「ドクロ・プラム・青7」が出れば、基本的にハズレは無い(ハズれたら左の目押しミス。単なるハズレやチェリーこぼし時に出る)。目押しが正確なら、「リプor15枚orボーナス」の3択で、中リール上段には、1つしかないドクロを狙う。
ドクロとプラムがWテンパイしたら、右は適当押しでOK。「青7・プラム・プラム」が右上がりに揃い、リプレイとなるケースが大半だが…
右上段にプラムが来なければ、その時点でボーナス確定。無論、中段プラム揃いでも鉄板。なお、中リール上段にドクロを狙う限り、15枚成立時はドクロが「右下がり」にテンパイするので、この形で15枚こぼし(ガセ)となる事は無い(「右を適当押しでOK」としたのも、同じ理由)。
ドクロが右下がりにテンパイしたら、「15枚orボーナス」の二択(結構アツい形)。右・下段にBARを狙う。ここで、ドクロを揃えたいからと、右にもドクロを狙うと、15枚をこぼしてしまう。
BARが下段に止まれば単なる15枚、外れたらボーナス確定…大きな違いである。
右はBARを狙っているから、この変則的な形から、ボーナスを察知する機会も多い。
※左「ドクロ・プラム・青7」からは、その他、ボーナスの一直線型、小V型、小山型のリーチ目が出る事もある。この場合は、バケ濃厚の一直線型と違って、BR共通目やビッグ限定目も多い。
(C)2コマ滑った場合
左がここまで滑ったら、ほぼ「ベルor15枚orボーナス」(ハズレもアリ。チェリーこぼしが原因か?)。左のビタが正確なら15枚も無いので、ほぼ「ベルorボーナス」だが、一応、中リール中段に、ドクロを狙う(ドクロがテンパイしたら、右にBAR狙い)。
大半は、このようにベルが普通に揃うが、ハズれればアツい。0枚役のプラムが揃ってもOK。
(D)3コマ滑った場合
3コマ滑れば4枚チェリー(角チェ)。中・右適当打ちでOK。大半は、「BR未成立」の4チェだが…
成立時の入りに気付かないと、こんなチェリー付きのボーナス対角目(アト目)で察知する事も。
(E)4コマ滑った場合
2チェ(中段)。中・右リール適当打ちでOK。
形によってはリーチ目の「3連チェリー」。NG型もあるが、上の形は必ず入っている。但し、こちらも「アト目」。できれば、これを拝む前にフラグ察知したい。
※ボーナスフラグ察知後の1枚掛け・BR判別手順(一例)
(1)
フラグ察知後、1枚掛けで、右リール中段に「BAR」を狙う(多少早くても引き込む)
(2)
BARが中段に止まったら、左リール中段にも「BAR」を狙う(ビタでないと、判別は不可)。そのままBARが停止して「ハサミテンパイ」になれば、ビッグ確定。
(3)
一方、BARの4コマ上にある「青7」がスベッて来たら、バケ。正確なビタ押しが試される判別。
★★ビッグボーナス中の「リプレイハズシ」について★★
本機のハズシはビタ不要(2コマハズシ)なので、手順はさほど難しい方ではない。
但し、枠内ではなく、「枠下」にBARを狙うので、慣れないとミスる。代わりに「青7」を上段or枠上に狙う方法もあるが、左に2つある青7を取り間違えると、ハズシ失敗となる。
・1,2回目の小役ゲームは順押しで、上記した「小役回収打法」を実行。まぁ、15枚が大事なので、チェリーは無視しても問題ない。左中段に青7を狙い、左枠内にドクロが止まったら、中・右で15枚狙い。その他は順押し・オヤジ打ちで十分。
・3回目に入ったら、「中押し」に切り替える(別に、逆押しでも良いが)。最初に狙うのは、中リール上段に、1個しかない「ドクロ」。
(1)そのまま止まった場合
目押しが正確なら「ハズレorJACIN」だが、目押しミス時の15枚役の可能性も考えて、右・上段にBARを狙う。15枚がテンパったら、左・上段にドクロを狙う。
プラムが左下がりにテンパったら、JACIN確定。左・枠下に、1つしかないBARを狙って、リプレイを外す。1コマ遅くてもOKだが、逆に1コマ早いと「BAR・プラム・プラム」が斜めに揃ってジャックインしてしまう。「絶対早めに押さない」のがコツ。
また、枠下BARが見づらい場合、BAR4コマ上の「青7」を、枠上・上段に狙ってもよい。但し、左に青7が2個あるのが難点(もう一方の青7ではハズシ不可)。BARを見つつ、通過直後の青7を狙うのも、一つの手。
ハズシ成功!左リールは2コマの余裕アリ。
(2)1コマ滑った場合
中リール中段にドクロが来たら、15枚役が取れる形だ。右・中段にBAR、左・中段にドクロを狙い、15枚ゲット。
15枚役は、意外と出現機会が多い。コボシ厳禁。
(3)2コマ滑った場合
この上段ベルは、目押しが正確なら、ほぼベル確定。但し、目押しミス時の15枚を考慮して、右・下段にBARを狙う。BARが止まったら、左にもBAR狙い。左に「ドクロ」を狙うと、チェリーを蹴って15枚を取りこぼしてしまう。
大抵は、このように、右・上段にベルが停止する。上段ベルテンは、必ずベルが取れるので、取りこぼさぬよう、左・上段に1つしかないBARを狙う。
ビッグ中のベルは10枚。適当押しで取りこぼすと勿体ない。左上段にBARをキッチリ狙う。
(4)3コマ滑った場合(or1コマ早い場合)
中リール中段ベル停止時は、「ハズレorベル」。右は適当押し(オヤジ打ち)。
中⇒右でベルがテンパったら、やはり左・上段BAR狙い。ベル非テンパイなら、左は適当押し。
ベルのテンパイ形は様々。ただ、テンパイして必ずベルが揃う訳ではなく、ハズレもある。
ベルゲット!左にBARを狙ってべルハズレなら、単なるハズレ(取りこぼしではない)。
・残り「9ゲーム」になったら、再び順押しに切り替えて、小役回収打法(15枚狙いでOK)を行う。
・ハズシ使用時は、適当押しと比べて、平均+30枚程の獲得アップが見込めた。「400枚超え」が、一つの目安。15枚とベルのヒキがやたら強く、500枚に届いた事もある。
★設定判別(スロマガ手順による)
本機は、小役減算値の差を利用した、ビッグ後の設定判別が可能。
個人的には、アフター5実戦が多く、露骨な高設定は他人に押えられていた事が大半。それでも、出方が良く判別したら、5以上が落ちた事もある。
※減算値…設定1~4=99 設定5=100 設定6=102
(1)5以上判別
・ビッグ後クレジットを落として、32枚投入(CR表示29)
・そのまま1P消化
・5枚手入れ
・11枚手入れ
・その後は11枚手入れを繰り返す
⇒ビッグ後76P目以降、CR表示「30」の時が判別プレイ
⇒判別Pの小役出現率が、35%以上なら設定5以上。20%以下なら設定4以下。
(2)6判別
・ビッグ後クレジットを落として、32枚投入(CR表示29)
・そのまま1P消化
・3枚手入れ
・9枚手入れ
・11枚手入れ
・その後は「9枚手入れ⇒11枚手入れ」を繰り返す
⇒ビッグ後36P目以降、CR表示「30」の時が判別プレイ
⇒⇒判別Pの小役出現率が、35%以上なら設定6。20%以下なら設定5以下。
※判別対象小役⇒2枚チェリー、4枚チェリー、8枚、15枚
※手入れ…所定枚数を手に持ち、「そこから2枚投入⇒1ベット」を繰り返す。最後、手持ちが1枚になるので、「1枚投入⇒2ベット」で1サイクル終了。手持ちのコインがなくなったら、再び所定の枚数を手に取って、手入れを再開する。
マルハンパチンコタワー渋谷が閉店…
すでに、ご存知の方も多いと思うが…
東京都渋谷区宇田川町、文化村通り沿いの大型パチンコ店「マルハンパチンコタワー(MPT)渋谷」が、昨日(2016年1月17日)の営業終了をもって、クローズしたという。
閉店理由については、ピワルドのHPによれば、「(当)ビルの賃貸契約満了に伴い」との事である。
21年もの長きに渡り、渋谷の「シンボル」的な存在として君臨した、大手チェーン「旗艦店」の撤退。
私自身、開業当時から2000年初頭にかけて、同店には幾度となく足を運んだ。パチ・スロ共に「引退」の身とはいえ、この報せには驚きを禁じ得ない。
同時に、「一つの時代が終わった…」という感じもする。
マルハンパチンコタワー(MPT)渋谷は、21年前の平成7年(1995年)7月7日、パチンコファンにとって象徴的ともいえる「777」(スリーセブン)の日に、駅から程近い、文化村通り沿いの「ONE-OH-NINE」ビルに新規開業した。
(開業直前に出回った、MPT渋谷の近日オープンを知らせる広告)
開業時、同ビルの1Fと地下には「HMV渋谷」(1998年にセンター街沿いへ移転、その後閉店)が入っていた。その1Fエスカレーターを上がると、2Fから6Fまでが、全てマルハンのフロアであった。
(1995年当時のMPT渋谷、文化村通り側(正面)の入口)
この当時、2F~4Fがパチンコフロアで、5Fがパチスロ、そして6Fは景品専用フロアであった。
各フロアで、異なる「名称」(愛称)が付いていたのも印象深い。各階ごとの特色(テーマ)があって、同じ店舗内でも、幾つもの異なる「表情」を見せていた。
(1995年当時のMPT店内フロアボード、その1)
(1995年当時のMPT店内フロアボード、その2)
※(写真には写っていないが)
1F(入口)は「ウェルカムゲート」(勝利への扉)
2F(パチ)は「サウンドストリート(歓喜の鼓動)」と「サウンドオアシス」(禁煙スペース)
3F(パチ)は「ミラクルステージ」(奇蹟への旅)
4F(パチ)は「マジカルロビー」(魔法の回廊)
5F(スロ)は「カジノエンターテイメント」(勝利への道)
6F(景品)は「プレミアムヘブン(景品天国)」
景品フロアは2Fにもあって、コチラは、主にCDなどの音楽関連グッズを置いていた。一方の6Fは、オシャレなブランド物をズラリと展示。さながら、「銀座の高級ブティック」的雰囲気が漂った。また、景品カウンター脇には「モノショップ」という名のカタログ的な通信端末もあり、フロアにない商品でも、画面をタッチすれば、好みのアイテムを取る事ができた。
フロアの作りも洗練されていて、シマ通路は他店より広く、シマ端の空間もゆったりと余裕があった。また、オシャレな外国人モデルの映像がTVモニターに流れたり、モデル達が写った大きなパネルが店内の壁に貼られていたりと、何かと「若者の街・渋谷」を意識した、洒落た空間になっていた。
また、カップル専用の「ペアシート」も、デートスポットの渋谷らしいサービスだった(当時、そういうサービスを提供するホールは、まだ少数だった)。
さらに、パチ・スロの設置台数も、渋谷界隈ではズバ抜けて多かった。開業時は「パチンコ861台、パチスロ229台の計1090台」という、大量設置が話題となった。
(その後、5Fにスロが増設、さらに4Fにもスロが入って、スロ設置台数は次第に増加。この流れは、その後も続いた模様。)
2Fエスカレーターを上がった右手には、当時、「パワーボード」と呼ばれる電光掲示板が設置されていた。この掲示板は、店内設置の1090台全ての台番号が割り振られていて、「稼働中」「特賞(ボーナス、大当り)中」といった各台の状況が、ランプの色や点滅によって、適宜表示される仕組みだった。無数の番号がピカピカと明滅する様子は、さながら証券会社の「株価表示ボード」、いや、宇宙船の「総合指令室」のようなイメージがあり、大変迫力があった。
(1995年当時のMPT店内、その1)
(1995年当時のMPT店内、その2)⇒3Fの景品展示用スペース(ミラクルウィンドウ)
(1995年当時のMPT店内、その3)⇒ペアシートコーナー(「カップル以外の方は御遠慮下さい」の注意書き。玉の共有は原則禁止だったが、ペアシートに限っては共有が認められた。)
なお、MPTでの印象的なサービスに、「誕生日の会員は、ハネモノの甘釘台を打てる」という特典があった。当時、マルハン渋谷にはデジパチや権利物以外にハネモノも置いてあったが(「お竜さん」「影丸」など)、「誕生日コーナー」と呼ばれるシマに設置されたハネモノ(ブンブン丸DXなど)では、楽に予定終了できる「ガバ開き」の台を打てるサービスがあった。何とも太っ腹なサービスである。
ここで、「マルハン渋谷」開業前について振り返ってみると、渋谷駅周辺では、すでに多くのパチ屋・スロ屋が、凌ぎを削っていた。
井の頭線のガード脇には、「大番」「ウチダ」「柳小路」「タイガー」「日拓」「パチスロファイン」「パチスロGOGO(55)」の各店があった。
西武百貨店向い、マクドナルド地下には「パチンコ丸大(丸大キング)」。道玄坂小路には「ホワイトバード」と「キャット」。ハチ公口前には、スロ屋の「パチスロアルファ」が存在した。
西村フルーツの隣に「トーオー」。センター街には「白鳥」と「パチスロサン」。宮益坂に「たんぽぽ」。明治通り沿いの「ジャンボ」「パチスロ日拓ビッグプレイ」「バンビ」。実に、18軒ものホールがひしめき合っていた。また、その多くが、いかにも「老舗」的なホールだった。
そんな「パチンコ激戦区」の渋谷に、平成7年夏、関西や静岡など中心にチェーン展開中だった「マルハン」が、突如として参入。渋谷駅からほど近い好立地(文化村通り沿いの「ONE-OH-NINE」ビル)に、関東第1号店となる「マルハンパチンコタワー渋谷」を開業したのだ。従来の渋谷に見られなかった、新感覚のホールの出現。これを契機に、同エリアのパチ屋の勢力図は、大きく塗り替えられていった。
渋谷マルハンの開業から間もなく、東急本店脇に「ジャンボマックス渋谷(後の「PLACER」)」がオープン。また、道玄坂下のマルキュー裏(プライムビル)にも、「オーケストラ(後の「コンサートホール渋谷」)」が開業するなど、「新興勢力」の台頭が目立つようになる。
対する老舗も、「新参者には負けぬ」と、色々と策を講じる所も現れた。井の頭ガード脇の「ウチダ」が、「エリアU」と現代風に店名を変えて、イメージチェンジを図ったのも、マルハンの開業直後ではなかったか。また、「柳小路」が2号店の「柳小路II」(既に閉店、跡地は「ガイア渋谷店」)をガード反対側に出して勢力拡大を図ったのも、同時期と記憶。その一方で、マルハンを中心とする新しい勢力に押されて、閉店に至ったホールもある。
なお、井の頭ガード界隈では、大手チェーンの「日拓(エスパス)」がグイグイと勢力を拡大。「大番」「柳小路」「エリアU(ウチダ)」といった老舗の看板が、次々に「エスパス」へと変わった。
しかし、「設置台数が多く、設備やサービスが新しい」という理由だけで、競争激しい渋谷で生き残れる訳はない。事実、マルハンパチンコタワー渋谷は、開業時から「出玉」面の評判も高かった。
当然、勝てる台を目当てに朝から並ぶ客は多く、先頭が早朝6時から場所取りするなど、開店前の行列が定番だった。無論、開店時にノンビリ来れば、それなりのチャンスしかない。開業当初から、朝の台争奪戦は凄まじかった。
私も、当初は、話題につられて、朝イチから何度か並んだ。だが、あまりの人の多さに愕然として、結局は、勝ち負けにあまり拘らない、「重役出勤」「午後から勝負」に切り替えた。
かつて使用していた、「会員カード」(貯玉、貯メダルカード)が、偶然手元に残っていた。その後のカードのデザイン変遷は知らない。自分にとっての「マルハン渋谷」は、このカードしかピンと来ない。なお、カードが最後に読み取り機を通ったのは、もう15年前。
マルハンパチンコタワー渋谷には、「たまに足を伸ばした頃」と「頻繁に通った頃」があるが、特に記憶に刺さる実戦時期といえば、16年前の2000年(平成12年)辺り。
2000年頃のMPT入口。1Fの「HMV渋谷」は、1998年に裏通りのセンター街へ移転。跡地には、翌1999年2月、アミューズメント施設の「クラブセガ渋谷」が入った。上の写真でも、クラブセガ(CLUBSEGA)の看板が見える。そのクラブセガも、マルハン閉店に合わせて、今月末にクローズとの事。渋谷の象徴が、次々と消える。時代の移ろいは、なんとも儚い…。
2000年前後の時期は、渋谷駅界隈、とりわけ、「センター街」にスロを打ちに行く機会が多かった。勝負終りに、路地沿いの「桂花ラーメン」で、よく太肉麺(ターローメン)を食べた。
小店の「パチスロサン」では、1Fの「ゲゲゲの鬼太郎」「アレックス」、2Fの「バンバン」などを打った(アレックスで大勝ち経験)。その近くの「エルニド5」(スロ専)には、「アラベスクR」「マリーンバトル」(1F)や「キングオブザタイガー」(2F)目当てに通った。「低換金・高設定」がウリだったが、良さげな台を掴むのは難しかった。角地の老舗「白鳥」(閉店、跡地は「BBステーション」)は、閉店間近かクローズしていたと思うが、当時の記憶が弱い…(97年には、初代コンチが置いてあったが)。
センター街以外だと、明治通り・並木橋交差点近くの「ピーワン」というパチ屋へ、頻繁に出向いた。アラベスクRの快勝がきっかけだが、ヒートウェバー、スペースウィング、キングシャークなど、香ばしいマイナー機の設置も嬉しかった。ピーワンは、とんねるずのノリさん(木梨憲武)が出没するホールで、「生ダラ」のパチンコ対決でも何度か登場。
井の頭ガード沿いは、ほぼ「エスパス(日拓)一色」になっていたが、老舗「タイガー」は店舗を移して頑張っていた(結局クローズ)。ただ、「タイガー」にはスロが無かったな…。
この時期のマルハン渋谷では、「グランシエル」「ホットロッドクイーン」「レジェンダ」「アラベスクR」「ロッキー」の実戦が印象に残る(大半が「勝ったから」だが、負けて記憶に残る台も)。
エスカレーター裏にズラリと並んだ「グランシエル」(アルゼ)のシマでは、ビッグ中のハズシを駆使しつつ、12枚役とハズレの出現率から高設定を看破すべく頑張った。ライバルの多い中、「設定5」以上と思しき台を、幾度か掴む事に成功。これに気を良くした私は、都内・神奈川のあちこちの店で、「グランシエル漁り」をした。
やはりエスカレーター傍にあった「ホットロッドクイーン」(オリンピア)のシマは、いつも満席に近い人気ぶり。空き台に座っても、低設定の残りカス…というのがオチだった。大抵はその「カス」を引いて退散していたが、たまたま噴いた台の後釜キープに成功して、順調に3000枚程出た事もある。
逆に、北電子の「レジェンダ」は不人気で、オバちゃんとかOL風の女性が、たまに座る程度だった。私は、この台の「遅れ」(ウェイト音が一瞬途切れる)に妙にハマって、高設定を終日打ち倒すべく、久々に朝一の「並び」を決行。だが、レジェンダのシマは朝からガラガラで、台も選び放題。それに、高設定を示唆する朝イチの札や告知もなかった(夜に札が刺さった)。で、何回か移動したら良さげな台に当り、そのまま粘ったが、散々揉み続けた挙句、結局全ノマレ。それでも、出方の良い台もあった。以後は、朝から狙う事はヤメにして、夕方にデータランプで良さげな空き台に座り、ソコソコ勝つ事ができた。
シマの奥まった一角にヒッソリ並んだ、高砂「ロッキー」の姿も記憶に残る。以前に、別の店(横浜駅近くの「モナコ」)で打った経験があったが、その時は完全に「不発」だった。そのリベンジの意味で、ボーナス確率のよさげな台を打ったら2000枚近く出てくれた。「カカカカカモン」や「ユーガッタ・チャ~ンス」の人工音声が懐かしい。
それと、並木橋「ピーワン」での爆勝ち(7000枚近く出た)に気を良くした事で、この店では、山佐「アラベスクR」もよく打った。流石に4000枚、5000枚の大勝ちはなかったが、低投資のビッグから1箱満タンの展開に、たびたび恵まれた。個人的に、アラベとの「相性」は良かったと思う。
その後、2002年から町田に「活動拠点」が移ったので、渋谷に訪問する頻度も減った。同時期に、マルハン渋谷が大規模な「リニューアル」(全面改装)を行ったらしいが、詳しい事は知らない。沖スロ「シオラー30」を何度か打った事は覚えているが、全くの不発だった…(当時は、町田「さくら屋」のシオラーで、シコシコ稼いでいた頃)。
まぁ、こんな感じで、自分にとってマルハン渋谷の記憶といえば、95年7月の開業から、2002年辺りの4号機時代までの一時期に限られる。
その後、5号機時代の初期、パチ・スロ共に「現役」を退いた為(関連活動は懐古ブログ更新のみ)、マルハン渋谷の近況も、知らないままだった。で、久々に思い出のホール名を耳にしたら、「閉店」とは寂しい限り。
それでも、沢山の思い出をくれた事に感謝して、「長い間、本当にお疲れ様でした。ありがとう…」と労いの言葉を贈りたい。
2000年頃、店内TVモニターでは、こんなファッションショー的な動画も流れていたっけ…。
ニュービッグセブンPART4(大一、デジパチ)
1988年(昭和63年)に大一から登場した旧要件デジパチ「ニュービッグセブンPART4」
大当り時の「ピリリリ…」という効果音やウィング式アタッカーに特徴あるドットデジパチ。デジタルの回転音や始動チャッカー入賞音も、非常に耳に残り易く、視覚・聴覚の双方に訴えた機種。
(スペック)
・おまけチャッカー機(アタッカー両脇の「GO」がオマケ)
・業界初となる、ドット表示式デジパチ
・ストップボタン非搭載(攻略対策。本機登場を契機に、ボタン非搭載機が増加)
・賞球…8&13(ヘソのみ8個、他は13個)
・大当り確率…1/236.6(10/13×13×14) ※内部確率と表示上の確率は同じ
・最高10ラウンド継続
・アタッカー開放時間…22.5秒
・デジタル図柄(配列順に記載)
左…1、3、大一、8、5、7、6、4、9、0、2、A、B (13種類)
中…3、1、8、大一、7、5、4、6、0、9、A、2、B (13種類)
右…8、大一、3、1、4、6、7、5、A、2、0、9、B、C (14種類)
(註)A⇒0の中にドット1つ B⇒0の中にドット2つ C⇒0の中にドット3つ
(何れもハズレ図柄)
・大当り図柄…数字の1~9と「大一」の各三つ揃い(計10通り)
(数字の「0」もハズレ扱い…「000」が揃ってもハズレ)
・兄弟機に「ニュービッグセブンPART5」などもアリ
・新要件版の後継機「スーパービッグセブン」(1996年)
私自身、本機との対戦はそれ程多くなかったが、割とインパクトの強い実戦機会もあった。
大学1年だった平成2年夏、静岡の「伊東」に家族で温泉旅行へ出向いた。その夜、皆で駅前まで繰り出して、「コスモアシベ」(現存)という古臭いホールに入店。そこで偶然打ったのが本機だった。その時は、自分と父親の二人が大当りを引いたのを思い出す。
平成2年といえば、自分にとって記念すべき「パチデビュー」の年。つまり、「初のパチ地方遠征(旅打ち)」であり、遠征最初の大当りが、本機ということになる。
因みに、泊まったのは「ホテル暖香園」。ホテル系列のボウリング場で遊んだ記憶も残る。
その後、新宿・歌舞伎町の「ニューセブン」(ニューペガを置く「モナミ」の隣)など、幾つかのパチ屋で実戦する機会があったが、大当りした記憶はない。よって、現役時の大当り体験は、伊東初打ちの「一回」のみ。正直いって、あまり「打ち込んだ機種」ではない。
ただ、その翌年(1991年)、「素敵にドキュメント」(MCは故・逸見政孝氏)というTV番組で「パチンコ特集」が組まれた際、意外な形で、本機との「再会」を果たす。
番組中、ホールでイカサマ(ゴト)を行う「ゴト師」を扱うコーナがあり、当時有名だった攻略会社「キャッツタイムス社」のスタッフが、トランシーバーでデジタルを始動させるゴトを実演。その時に使用された台こそ、まさに本機であった。
(別に、キャッツ社がゴト集団だった訳ではなく、商売柄、真っ当な攻略と「ウラ技」のどちらも詳しかったという事)
スタッフは、カメラの前でトランシーバー(無線機)のスイッチを入れて、特定の周波数に設定(数字にはモザイク処理)。それを台に向けて電波の発信ボタンを押すと、始動チャッカーの内部センサーが誤作動を起こして、「キュロッ」という甲高い音と共に、デジタルが始動したのだ。この方法なら、一円も使わず大当りさせる事ができる…という訳だ。
「あの台に、こんなイカサマ技も通じたのか…」と、あらためて驚かされた。実に衝撃的なシーンで、放映から20数年後の今も、鮮明に覚えている。
あれ以来、「ニュービッグセブンP4」と聞けば、一も二も無く、「無線機ゴト」がピンと来るようになり、記憶にもズップリと刺さったのだった。
また、当時の資料等によれば、本機は無線ゴト以外に、体感器攻略も可能だった…という。
方法は、デジタルの出目を決める3つの乱数カウンターの内、もっとも周期が遅い右出目カウンターを狙うというものだ。
本機には、出目決定用の乱数カウンターが3つある(左デジ用⇒A、中デジ用⇒B、右デジ用⇒C)。
AとBは「0~12」の13コマ。Cのみ「0~13」の14コマ。各カウンターのコマ数は、各デジタルの図柄の数と同じ。
大当り判定は、前回停止した各図柄に、チャッカー入賞時に拾ったカウンターA~Cの値をそれぞれ加算して、次回出目を作成。
この時、「1~9」か「大一」の3つ揃いになっていれば、自動的に「大当り」と判定。つまり、前回出目に「係数(乱数)」を加算して、表示された出目そのものが、当否を決める方法。
そして、各出目カウンターのうち、右デジ用カウンターCの移行速度は、「一周=約3.79秒」と比較的遅く、体感器等で狙う事ができた。
さらに本機は、「約3.79秒」周期でチャッカーに玉をキッチリ入れ続けた場合、中デジと右デジの「差」が変化せず、ほぼ一定の差をキープする特徴があった。なお、周期より遅く入れると差は広がり、早ければ差は縮む。
つまり、約3.79秒の周期をいったん掴めば、その後は、チャッカー入賞のタイミングを前後にズラして、中・右デジタルの差を「調節」する事ができた。
さて、各デジタルの「配列」に着目すると、上述の通り、各デジタルの配列は「不規則」であった。
だが、全くバラバラという訳ではなく、各デジタル同士に、一定の「相関関係」もあった。
ここで、デジタルの配列を、もう一度確認してみよう。
例えば、左と中のデジタルを比べた場合、「1、3」⇒「3、1」や「D、8」⇒「8、D」のように、2連続する配列番号を「1セット」で見れば、互いに図柄が「入れ替わり」の関係にある(配列番号12番のみ「B」(ハズレ図柄)で同じ)。但し、この特徴は、攻略にあまり関係がない。
次に、中と右のデジタルを比べると(ここが重要)、中デジを基準とした場合、偶数図柄は、中デジの配列番号を「-2」すれば、右デジの図柄になる。逆に、奇数図柄は、中デジの配列番号に「+2」すると、右デジの図柄になる。これらの特徴を、以下の表で確認されたい。
(偶数)
ex)中デジの配列番号「2番」の図柄は「8」。一方、右デジは、この配列番号を「-2」した配列番号「0番」の図柄が「8」。他の偶数(「D=大一」含む)も、全て同じ関係。
(奇数)
ex)中デジの配列番号「4番」の図柄は「7」。一方、右デジは、この配列番号に「+2」した配列番号6番の図柄が「7」。他の奇数も、全て同じ関係。
上記の特性から、中・右のデジタルが「ゾロ目」となるには、中デジを基準とした場合、右デジとの差が「-2」(偶数)或いは「+2」(奇数)となる必要がある。
両者の差がそれ以外では、中・右ゾロ目にはならない。中・右ゾロ目でなければ、「大当り」が来る事もないのだ。
ならば、中・右デジタルの差を、何とか「+2」「-2」に持っていく(ゾロ目にする)事はできないか…。
本機の体感器攻略も、まさに、このポイントに着目した方法だった。
具体的には、右デジの周期=約3.79秒を1サイクルとして、このサイクルを「7拍刻み」で計測する体感器を用意(周期は「111のビート7」にセット)。
まず、適当に打ってデジタルを回したら、停止出目から、中・右デジタルの差を調べる。
ここで、「差」とは、図柄(数字)の差ではなく、あくまで「配列番号」の差を意味する。例えば、中デジが「4」、右デジが「6」なら、「4と6で、差は+2」ではなく、配列番号が「6」と「5」だから、両者の差は「-1」(中デジ基準)となる。
次に、単発打ちでデジタルを回して、始動チャッカー入賞の瞬間、何拍目に入ったか覚えておく。例えば、「6拍目」に入ったとしよう。
デジタル停止後、再び中・右デジの「差」をチェック。中デジ図柄「8」(配列番号2)、右デジ図柄「7」(配列番号6)ならば、その差は、配列番号に照らして「6-2=+4」となる。
次に、前回出目と、今回出目の「差」(変化)を見る。上記例では、最初が「-1」、次が「+4」だから、変化は「+5」。
つまり、6拍目のタイミングで入れると、中・右デジの差は、概ね「+5」をキープする訳だ。
だが、これでは、中・右ゾロ目も大当りも、到底望めない。
中・右をゾロ目にするには、両デジタルの差を「―2」(偶数)か「+2」(奇数)にする必要がある。
だが、入賞時の「誤差」を考えて、どちらにも対応可能な、「±0」の位置を狙う方が実戦的。
ここで、体感器のビート1拍分と、中・右デジの「差」の関係を見ると、1拍につき変化は「±2」。1拍遅く拾えば「+2」、逆に1拍早いと「-2」。より細かく見れば、0.5拍で「1」動く計算だ。
上記の例では、6拍目に入って「+5」の差が出た。これを基準に、1~7拍全てにおける「差」を計算すると、次のようになる(これを「基準タイミング」とする)。
(基準タイミング)
1拍目(-5) 2拍目(-3) 3拍目(-1) 4拍目(+1) 5拍目(+3) 6拍目(+5) 7拍目(±7)
「+5」から「±0」に持っていくには、1拍目(-5)のタイミングで、チャッカーに入れれば良い。
次の出目でも、中・右デジの差をチェック。やはり基準タイミングから、差が「±0」になるタイミングで打つ。差が「-3」だったら、5拍目(+3)を狙う。なお、2拍、4拍など偶数の場合、各拍数の間が、狙うべきポイントになる。
後は、ひたすらこの繰り返し。但し、中・右でゾロ目が極端に出ない時は、「基準タイミング」自体が間違っている可能性があるから、再びやり直すべきだろう。
なお、打ち出しのタイミングは、狙うべきポイントの「3拍後」に、「2発」打ち出す。2拍目を狙うなら、5拍目に2個打ち出す訳だ。
上記の手順を続ける事で、投資を大幅に抑えた上で、中・右ゾロ目のケースが飛躍的に増える。
後は、左デジタル(狙えない)も同じ値をとれば、自然と大当りがやってくる…という訳だ。
この体感器ネタは、あくまで「中・右ゾロ目狙い」。また、上記方法では、ゾロ目を狙う際の「誤差」も少なくない。それでも、チャンスゼロの無駄玉を極力抑える意味では、ランダムに打つよりも大きな効果を上げた、とされる。
なお、右デジの周期はピッタリ「3.79秒」ではない(正確には3.7856秒)。体感器のリズムと実際の右カウンターの周期には、時間の経過に伴い「ズレ」が生じる。ある程度時間が経ったら、タイミングをいったん取り直す事も必要だろう。
Youtube 90年代動画紹介(20)
Youtube 90年代動画紹介(20)
今回は、コチラの「90年代ライル動画」をご紹介。
https://www.youtube.com/watch?v=fdK_lPo6SSI
1991年(平成3年)7月の高田馬場駅周辺をライルさん(Mr.Lyle Hiroshi Saxon)が撮影した、大変貴重な映像だ。
(馬場といえば、以前にも、1990年の「ライル動画」を取り上げた事がある)
⇒過去記事はコチラ
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/9285ddc6c530cf4cd69c1b6628c236e1
’91年というと、私は重度の「スロ・パチ病」に罹っており、大学の講義もそっちのけで、通学路途中(小田急⇒遊園、登戸、下北沢など、山手線⇒新宿、新大久保、高田馬場など)の店に日参する、怠惰な日々を送っていた。
また、運よく大学まで辿り着いても、学校近くのパチ屋(早稲田通り「みよし」、新目白通り「三光堂」)に吸い込まれて、結局は授業をすっぽかす事も少なくなかった。
まぁ、「寝ても覚めてもスロとパチ」…そんな中毒症状の一年だった事を思い出す。
で、動画の撮影時期とされる「91年7月13日」は、確か大学の「前期試験」の時期だ。授業もろくすっぽ受けないまま、ぶっつけ本番で臨んだ教科も多かったので、当然、「撃沈」の連発だった。
大学5年間(訳あって1年多い)で、一番単位を多く落としたのが、この91年度(大学2年)である。
翌年3月には、自宅に郵送された成績通知を見た両親に、勘当寸前の「マジギレ」を喰らった。
(毎日、授業に出るフリをしてホールへ直行、という事実もバレた…)
なので、この時期の馬場界隈の映像を目にすると、懐かしさを覚えるのと同時に、胸の奥がほんのちょっとだけ、「チクッ」と痛むのだ。
まぁ、それはともかく…
’91年当時、高田馬場駅界隈では、計9軒のホールが営業。その大半が、メインストリートである「早稲田通り」に面していた。
即ち、「日拓・高田馬場本店」「国際センター」「コスモ」「白鳥会館(S)」「日拓ビッグポット(S)」「ダイナム」「日拓EO」「東陽会館」の各店だ。幾つかは既に閉店(「白鳥」はゲーセンに業態変更)。
現存するのは、日拓(現「エスパス日拓高田馬場本店」)、国際センター、コスモ、日拓EO(現「エスパス日拓高田馬場2」)、東陽会館(現「TOYO104」)の5店舗。まぁ、割と頑張っている方だろう。
((S)はパチスロ専門店)
さらに、当時は、駅前繁華街の「さかえ通り」で、「日拓ビッグプレイ(S)」(閉店)も営業。1F、2Fに名機「アニマル(勿論、バリバリ連チャン)」を置く名物ホールで、「ポコポコ、キューンキューン」目当てに、幾度も足を運んだ。なお、同じさかえ通りの「パチンコUSA」(後の「BBステーション」)は、まだ開業前である。
今回の動画を観察すると、ライルさんは、馬場の駅から、小滝橋方面に早稲田通り沿いを闊歩。なので、上記ホールのうち、「コスモ」「白鳥」「ダイナム」「EO」「東陽会館」の姿が確認できる(動画の前半)。参考までに、それらが映る箇所の「時系列」情報を、以下に記す。
なお、同じ早稲田通り沿いにあった日拓系のスロ専「ビッグポット」(閉店。跡地は現在「牛かつ あおな」)は、惜しくも映っていない。同店が入るビルは、2:50辺りで確認できる。)
★パチンコ「コスモ」のネオン…1:44~(当時は、地下にアラジン、ワイルドキャッツ、ムサシ)
★「立ち食いそば・白鳥」…1:44~(割と長く営業したが、右隣の「パチスロ白鳥」とセットになると、懐かしさ倍増。左隣の味噌ラーメン店も懐かしい。店名は忘れたが…)
★パチスロ「白鳥会館」…2:08~(2:12で、奇跡的に店内の様子が映る。実に貴重。当時は、「センチュリー21」中心の頃(ドリームセブンも設置)。その後、マジカルベンハー、スーパープラネット、アラジンII、スーパーバニーガール、ビッグバンも入る)
★パチンコ「ダイナム」…4:02(90年春、私が初めてパチンコを(本格的に)打った、思い出の店。三共ハネモノ「エンタープライズI」で6000円ほど勝った。なお、91年夏のスロのラインナップは、ビッグベンハーとセブンボンバー(新台)。パチは、新要件・3回権利物「エポック」(平和)など設置。ハネモノ無制限という、当時珍しい営業形態だった。)
★パチンコ「日拓EO(イオ)」…4:20~(宅急便の車ごしに、チラッと見える。5連アポロンが入ったのは、この年の暮れ)
★パチンコ「東陽会館」…4:52~(4:52でネオンがチラリ。5:07は店舗右の路地。5:08は店舗の入口とネオン。)
当時、東陽会館のスロは、「白鳥」と同じく「センチュリー21」がメイン。その後「スーパープラネット」と「ホールインワン」を導入。この店のホールインワンで、新装時に大勝ちした記憶も残る。
また、この時期の東陽は、上階が「ビリヤード場」になっていた(ゲーセンもあった)。4:52で「ビリヤード」のネオンが見える。何時だったか、ここの若い客が、ビリヤード台の隅に千円札を重ねて、映画「ハスラー」張りの勝負をしていた事もあったな。正直、いい雰囲気ではなかったが…)。
※パチ屋ではないが、5:55の裏路地(緑色の通学路)を奥に入った先に、「パチンコ必勝ガイド」でお馴染みの「白夜書房」(現・ガイドワークス)がある。
因みに、同誌1991年8月号(同年7月6日発売※)では、フィーバースパークGP,(三共)、フィーバーフラッシュSP(三共)、ルーキーデルタP-2(西陣)、バレリーナ(平和)、ターンバック(藤商事)、カクテルA(大一)、フィーバーチャレンジII(三共)、パラダイスI(奥村)、フルーツパンチ(大一)、サンダードラゴンGP(三共)、ニュートキオ(平和)、ワイルドキャッツ(アークテクニコ)、セブンボンバー(バルテック)などの記事を掲載。また、レギュラー執筆陣も、以下の如く豪華であった。
・田山幸憲(「パチプロ日記」池袋S店時代)
・石橋達也(13時間デスマッチ)
・安田一彦(自身の体験談「男がパチプロになる瞬間(とき)」)
・南伸坊(珍しい換金所を訪問する「景品交換所ルポ」)
・蛭子能収(パチンココラム「とりあえずパチンコでも」)
・山崎一夫(ホール実戦記「銀玉親方の某月某日」)
・杉田一夫(作曲家)(ハネモノBGMを楽譜で紹介する「パチンコのメロディー」)
・小田沃(業界ご意見番のページ「パチンコ・インサイド情報」)
※当時、パチンコ必勝ガイドは毎月7日発売(7日が休・祭日だと前日発売)。1992年11月1日号から、第1、第3木曜の月2回発売に。
これも余談だが、ガイドとは別のパチンコ攻略誌「パチンコファン」(日本文芸社)も、当時は、高田馬場の早稲田通り沿いに編集部があったと思う(「日拓EO」の近く)。コチラは、毎月17日発売。
※6:18からは、ボウリング場「シチズンボウル」やスケート場、テニス場などが入るスポーツ施設「シチズンプラザ」の様子が映る。
当時、私は大学のボウリングサークルに所属、普段の練習もここで行ったから、よく通った場所だ(なので、動画に映る早稲田通り沿い「高田馬場西商店街」も、よく覚えている)。
ただ、入部2年目のこの年、授業と同様、サークルもパチ・スロにかまけてサボる事が多くなり、この年をもって活動は停止。
6:25では、同サークルのたまり場だった「ハンバーガー ミニオン」(シチズン入口にあった)の看板がチラッと見える(6:27、入口沿いの右手ガラス張りの店がミニオン)。
7:08では、懐かしきシチズンボウルのレーンが映る。7:15で大時計が「午前11時」を示しており、ライルさんが午前中に馬場を訪問した事が判る。
(動画の中盤以降は、馬場界隈の住宅地や団地など、当時の町並みをライルさんが撮影)
(637)
スーパーモグモグ2(ECJ、4号機)
1995年(平成7年)にECJ(エレクトロコインジャパン)からリリースされた、Aタイプ4号機「スーパーモグモグ2」を振り返る。
★ボーナス確率
BIG REG
設定1 1/287 1/468
設定2 1/273 1/455
設定3 1/264 1/409
設定4 1/240 1/390
設定5 1/240 1/381
設定6 1/240 1/381
★払い出し表
★リール配列
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
英国の遊技機メーカー「エレクトロコイン社」が日本上陸後、最初に送り込んだパチスロ機が、業界初の4号機「チェリーバー」(1992年登場)。その後継機種が、1994年に登場した第2弾「トリプルウィナー3」であった。本機はそれに次ぐ、ECJブランドのパチスロ第3弾(4-3号機)である。
本機の主人公「サングラスの黄色いモグラ」は、何とも愛嬌タップリ。独特の雰囲気、存在感で、一度見たら忘れないインパクトを感じた(何となく、アザラシっぽくも見えたが…)。なお、オレンジ(リプレイ)の図柄デザインは、先行機「トリプルウィナー3」を継承。
同時期にリリースされたユニバーサルの名機、「クランキーコンドル」の兄弟機。当時、ECJはユニバと技術提携関係にあったが、独自色のやや強かった先行2機種と比べて、本機は「ユニバ色」の強い仕上がりになっていた。
なお、本機とコンドルのROM構成が極めて近い事から、両機の開発者が「同一人物」ではないかとの噂が、一部攻略誌などで出回った。真相はどうだったのか…。
本機も、コンドルと同じく、3種類のボーナス図柄を採用(赤7、黒7、モグラ)。
各図柄の三つ揃いがビッグ、「左・中キャラ図柄+右のみ7」でバケの組合せも、コンドルと一緒。
ビッグのファンファーレも、コンドル同様、図柄ごとに3パターンを用意(個人的には、「モグラビッグ」のやや冗長なファンファーレより、黒7のシンプルでメロディアスなBGMが好み)。
小役構成や払い出し枚数もコンドルと同じ。また、以下の要領で図柄を置き換えれば、リール配列も完全に重なる。
クランキーコンドル スーパーモグモグ2
赤7 赤7
青7 黒7
コンドル モグラ
スイカ(15枚) スイカ
ベル(8枚) プラム
チェリー(2枚) チェリー
プラム(リプレイ) オレンジ
コンドル・7・7 モグラ・7・7
(ビッグ中15枚、4通り)
図柄や配列に加えて、制御面でもコンドルと重なる部分が多い。その為、通常時小役狙いやビッグ中のリプレイハズシなどは、コンドルの手順が本機でもそのまま通用。コンドルの代名詞である「高い技術介入性」は、本機でも大きなウリだった。
その一方で、中間設定以下のボーナス確率、一部のリーチ目(中・右リールの制御が違う)、小役減算値(本機はコンドルより高確になり易く、コイン持ちが良い)など、両者は見た目やサウンド(本機の大当り中BGMは、コンドルとは一味違う「脱力系」のユルさがあった)以外に、明確な相違点が幾つも存在。
当時、目押し力を存分に活かせる名機コンドルの魅力に、ガッツリとハマっていた私。その兄弟機の本機も、かなり積極的に追った時期がある。
西武新宿駅前の「マイリバー」(閉店)という小さなスロ屋は、1Fのコンドルの真後ろが本機のシマ。どちらもお好みの方を打てる、絶好の環境にあった(店内も、出玉の割に、ほどよく空いていた)。
また、高田馬場駅前の「コスモ」(現存)では、地下フロア右端、通路が激セマのシマに連日陣取り、窮屈な態勢を我慢しつつ、ハズシに勤しんだ事が懐かしい。
ただ、普及率激高のコンドルより設置率は低めで、実戦の機会も自ずと限られた。
新宿、西武新宿駅前通り沿いのスロ専「マイリバー」跡地。前身の「ムサシ」(スーパーセブンや青パネルのアラジンIIなど設置)時代からお世話になった。ウイリーチャンプやスーパーヘヴィメタルなんかも、ここで打った。「歌舞伎町」という土地にあって、意外と良心的な営業だった記憶が残る。日拓チェーンが日に日に勢力を増す中、孤軍奮闘するも90年代のうちに閉店。その後、跡地はテレクラ⇒個室ビデオと変遷を遂げて、今では「一軒め酒場」が入る。因みに、同ビル上階の高級風俗店「バルボラ」は「ムサシ」の頃からあったが、今も健在だ(何気に凄いと思う…)。
★通常時の小役狙い
本機は、コンドル同様、各リールをオヤジ打ち(フリー打ち、適当押し)すると、リプレイ以外の全小役を取りこぼす可能性があった(無論、コイン持ちも悪化)。その為、通常時の「小役狙い」が有効とされた。
私の場合、コンドルで覚えた「左上段青7⇒右オヤジ打ち」のハサミ手順ちを、本機でも使用。
この手順は、出目がやや単調になる欠点はあったものの、目押し労力が最小限に抑えられ、時間効率が大いにアップ。また、ボーナスの「入り」が判り易く、フラグ察知が早いメリットもあった。
ただ、効率重視で右リールの目押しを省く為、15枚のスイカをこぼす危険性が、常にあった(右リールは、モグラの2コマ上にあるスイカの引き込みが、極端に悪い)。「一枚たりとも小役はこぼしたくない」と考える打ち手には、決しておすすめ出来ない方法だ。
それでも、リズムよく打てる「快適性」を重視して、私はコンドルも本機でも、「左上段青7(黒7)⇒右オヤジ⇒小役テンパイ時のみ、中を目押し」という、ハサミ打ちの手順を好んだ。
まぁ、たまに出る「スイカこぼしのガセ目」も、却ってゲーム性にメリハリが付いて面白いと割り切っていたので、取りこぼしの精神的ダメージもなかった(その分、チェリーとプラムは絶対こぼさない)。
以下、私が現役時に実戦した、通常時の小役狙いを紹介。
★まず、左リール上段に「黒7」を狙う
(黒7の上がチェリーなので、チェリーこぼしは無い)
停止形(1)
1コマ早く押して、左に「プラム・スイカ・オレンジ」が停止⇒右はオヤジ打ち
オレンジがテンパったら、中はオヤジ打ちでもリプレイが揃う
プラムテンパイ時は、中リールにプラム狙い(スイカ付きの黒7を枠内でOK)
※左「プラム・スイカ・オレンジ」で枠上が黒7の場合、基本的には小役が揃う。但し、レギュラー成立後のみ、ハズレもアリ。つまり、左がこの形(枠上黒7)で、小役がハズれたらバケ。
逆に、小役が揃ってアツい場合もある。例えば、左がこの形(枠上黒7)で「中段スイカ」揃いなら、小役揃いのリーチ目。
(中段スイカテンパイは、「ハズれて入り」が有名だが、左枠上が黒7なら、スイカが揃ってもOK。ボーナス非成立時のスイカなら、制御で1コマスベって、左下段にスイカが停止する。
停止形(2)
黒7が狙い通り、左上段に停止したら、右はオヤジ打ち。
(2-a)
右リールでスイカがテンパったら、中リールもスイカ狙い(黒7付きのスイカを目安)
(2-b)
プラムが左右でテンパイしたら、中リールもプラム狙い(やはり、黒7付きスイカを目安)。
(2-c)
先述の通り、「右リールのモグラの2コマ上のスイカ」は、引き込み率が極端に悪い。その為、右を適当に押すこの打法では、「スイカこぼし目(ガセ目)」がしばしば出現。
例えば、以下の形は「ボーナスorプラムorスイカこぼし目」。プラムハズレでアツいのは確かだが、スイカこぼしの可能性も残るから、次プレイが勝負だ。
(モグラ2コマ上のスイカを積極的に引き込まない、「イジワル制御」がガセ目の原因)
停止形(2)の主なリーチ目
・コンドルでもお馴染みの二確目
(どちらもシンプルな対角型だが、降臨時のインパクトは絶大)
・ボーナス図柄の一直線型は、ラインを問わず、全て鉄板。その他、大V、小V、大山、小山、L字、逆L字のリーチ目も多いが、ガセの形も含む。なお、一直線型以外の組合せは、モグラが絡むと信頼度が弱まる傾向にある(特に、右リールのモグラ)。
・スイカこぼしの怖い右「モグラ・プラム・オレンジ」も、上段にボーナス図柄が並べば鉄板。
・NG目…兄弟機コンドル(あえて「クランコ」「クラコン」とは略さず)との比較。コンドルでは鉄板だった「青テン」(青7上段テンパイ)に相当する「上段黒テン」が、モグだと普通にスカる。私も、初打ちでガセった瞬間、「エッ?」と呆気にとられて、しばし思考停止に陥った。まぁ、打ち慣れるにつれて、徐々に違和感も和らいだが…。しかし、結果的には、この出目の「差別化」が、逆に本機の大きな「個性」となって、存在感を強めたともいえる。
コンドルでは歓喜の目も、本機はスカ多発 右でスイカが絡んでも、あっさりガセる
また、以下の形もコンドルならアツいが、本機では普通にガセった。
(例1)左上段黒7・中下段赤7・右上段スイカ
(コンドルでは、成立Pで出るリーチ目(又はスイカこぼし目)だが、本機は只のハズレでも出る)
(例2)左上段黒7で、プラム・スイカのハサミWテンパイが出た形
コンドルなら「小役ハズレ目」だが、本機の場合、このWテンパイだけだと、単なるハズレでも出るので、全くアツくない。右のような黒7テンパイでも、当然の如くガセる。
但し、この形は、スイカ、プラムを狙ってハズれた時、中リール枠内に赤7があれば「入り」となる。
(大抵はこの形で外れるが…) (中・上段に、ツルッと赤7が飛び込めば入り目)
また、本機の場合、上記Wテンパイで右上段に「赤7か黒7」があれば、小役ハズレ目に昇格。
(中でスイカ、プラムが外れればリーチ目。狙うのは、両小役をフォローできる「スイカ付き黒7」)
停止形(3)
左が1コマスベッて、角チェリー付きの黒7が中段に止まったら、残りはオヤジ打ち。
停止形(3)の主なリーチ目
定番のチェリーハサミ目(鉄板)。
(成立後のリーチ目(アト目)なので、出ると割と悔しかったり…)
停止形(4)
2コマスベッて、左中段チェリー停止時も、残りはオヤジ打ち
停止形(4)のリーチ目
チェリー付きハサミ目(鉄板)
やはり「アト目」。できれば、この形を拝む前に、フラグ察知したい。
停止形(5)
左が3コマスベッて、下チェリー付きモグラが中段に停止。残りはオヤジ打ち
(5)のリーチ目
チェリー付きのハサミ目(鉄板)
なお、厳密に言うと、ボーナス非成立時、3コマスベリからチェリー付きモグラが左中段に停止する事はない。なぜなら、左上段に黒7をしっかり狙っていれば、BR非成立時の4チェは、必ず「チェリー付きの黒7」(停止形(2))の形で止まるからだ。
一方、左が大スベリして、チェリー付きモグラが中段に来るのは、「ビッグ成立後の4チェ成立時で、左リール枠上に青7を押した」場合に限られる。このケースでは、制御で左が4コマのズルスベリを起こし、チェリー付きモグラの位置までスベる。
つまり、大スベリして停止形(4)が出れば、ビッグ確定(無論、成立後のリーチ目)。
停止形(6)
左が4コマスベッて、「スイカ・オレンジ・モグラ」停止⇒中・右はオヤジ打ち
(左の目押しが正確なら、ここまでスベれば、ほぼリプレイ。目押し不正確だと、ハズレもあり。なお、BR成立後はリーチ目も出るるが、左上段青7から左4コマスベリだと、ほぼバケ)
※通常時の小役確率(3枚掛け)
2枚チェリー…高確時=1/6.55(設定差アリ、この数値は設定3) 低確時=1/6.68
4枚チェリー…高率時=1/7.99 低確時=1/21.8
プラム(8枚)…高確時=1/7.89 低確時=1/126
スイカ(15枚)…高確時=1/40.9 低確時=1/148
★ボーナスフラグ察知後のBR判別方法
(パターンA)
(1)1枚掛けで、右リール中段に黒7を狙う
(2)中リール中段にモグラを狙う(1コマ早くてもOK)
(3)そのまま止まればバケ確定。左リール中段にモグラを狙う。
(4)中リール中段に、モグラの3コマ上の黒7がスベッてテンパればビッグ。左・中段に黒7を狙う。
(パターンB)
(1)1枚掛けで、右リール中段に黒7を狙う。
(2)左リール中段に、上にチェリーの付いた黒7を狙う。
(3)そのまま止まればビッグ。中リール中段に黒7を狙う。
(4)左の中段にモグラがスベッてテンパればバケ。中リール中段にモグラを狙う。
(パターンC)
(1)1枚掛けで、右リール中段に赤7を狙う。
(2)左リール中段に、上にチェリーの付いたモグラを狙う。
(3)そのまま止まればバケ。中リール中段にモグラを狙う。
(4)左中段に、チェリー付き赤7がスベッてテンパイしたらビッグ。中リールに赤7を狙う。
★ビッグボーナス中の小役狙い、リプレイハズシ
~1、2回目の小役ゲームは、順押し・小役狙い~
最初に狙う箇所は、通常時と同様、左リール上段に黒7
停止形(1)
1コマ早く押して、左に「プラム・スイカ・オレンジ」停止…中リール中段に、スイカ付き黒7を狙う。
中段にスイカがテンパイしたら、右枠内に赤7を狙ってスイカ(15枚)ゲット
(右のモグラ付近は絶対避ける。スイカが引き込み範囲にあっても、スベって来ない)
プラムがテンパイしたら、右オヤジ打ちでプラムゲット
オレンジがテンパイしたら、右オヤジ打ちでジャックインさせる
停止形(2)
左上段に黒7停止…中リール中段にスイカ付き黒7を狙う(15枚はほぼないが、一応狙っておく)
中リールでプラムがテンパったら、右はオヤジ打ちでプラムが揃う。
停止形(3)
左枠内にチェリー停止…中・右はオヤジ打ち
停止形(4)
左が4コマスベッて、「スイカ・オレンジ・モグラ」停止…中リール中段に、スイカ付き黒7を狙う。
中リールの中or下段に黒7が止まったら、右に赤7を狙って、「モグラ・7・7」の15枚ゲット
(右はモグラ付近を押してはダメ。15枚の引き込みが極端に悪い…)
リプレイがテンパったら、右はオヤジ打ちでジャックインさせる
~3回目の小役ゲームに入ったら、「中押し」に切り替える~
最初に狙う箇所は、中リール中・下段に、スイカ付き黒7
(中リール上段に黒7を狙うと、15枚役をこぼす危険アリ。早めに押すのはNG。)
停止形(A)
中リール中段に黒7停止(ハズレor15枚orチェリー)
⇒右リール枠内に赤7を狙う(右のモグラ付近は、絶対に避ける)
15枚成立時は、上段にスイカがテンパイ。左には、「上にスイカが付いた赤7」を狙う。
※上記以外の形なら、左の目押しは不要(チェリーは無視)
停止形(B)
中リール下段に黒7停止(15枚orハズレ)
⇒右リール枠内に赤7を狙う
スイカが何れかのラインにテンパイしたら、左にスイカ付き赤7を狙って、スイカ(15枚)ゲット
停止形(C)
中リールに「プラム・チェリー・スイカ」停止(プラムor15枚orハズレ)
⇒右枠内に赤7を狙う
右上段にプラムが止まったら、必ずプラムが取れる。左は、スイカ付き赤7を下段(遅め)に狙う。
右下段にスイカが止まったら、必ずスイカ(15枚)が取れる。左は、スイカ付きの赤7狙い。
停止形(D)
中リール「オレンジ・プラム・チェリー」(プラムorハズレ)
⇒右リールはオヤジ打ち
プラムが左下がりにテンパイしたら、左リール下段に、上にプラムが付いた赤7を狙う。
(左でプラムが外れたら、単なるハズレ)
中段プラムテンパイはプラム確定。左には、スイカ付き赤7を下段(遅め)に狙えば揃う。
プラム左上がりテンパイもプラム。左にスイカ付赤7を下段(遅め)に狙えば、必ず揃う。
停止形(E)
中リール「チェリー、オレンジ、プラム」停止(プラムorジャックイン)
⇒右はオヤジ打ち
下段プラムテンパイ時は、左にプラム付き赤7を狙って、プラム(8枚)ゲット。
中段オレンジテンパイはジャックイン。当然、ハズす。
ハズシは、左リール枠上又は上段に、下にプラムの付いたモグラ(=上にチェリーの付いたモグラ)を狙う。2コマの余裕があって、さほど難しくはない。なお、モグラを枠上に押せば左の形、上段に押せば右の形で、オレンジがハズれる。つまり、どのタイミングで左リールを押したか、一目で判る。
(枠上ハズシ) (上段ハズシ)
残り9ゲーム以降は、再び「順押し・小役狙い」に切り替える。
※ハズシ効果…オヤジ打ち比で+40枚以上と、まさに効果は絶大。ビタハズシも不要で、さしたるストレスも無く、いつも楽しみながらビッグを消化できた。
※ビッグ中の小役確率(3枚掛け)
プラム(8枚)…1/2.78
スイカ(15枚)…1/4.82
2枚チェリー…1/303(設定差アリ。数値は設定3)
4枚チェリー…1/512
ジャックイン…1/3.27
★設定判別(スロマガ手順に基く)
通常時の小役減算値…設定6=42、設定1~5=41
⇒設定6判別が可能
(1)ビッグ後、クレジットを全て落とす
(2)コイン31枚投入(CR表示28)
(3)7枚手持ち
(4)7枚手持ち
(5)9枚手持ち
(6)以後、(3)⇒(4)⇒(5)を繰り返す
判別プレイ
(a)24P以降でCR表示30の時
(b)61P以降でCR表示30or31の時
判別Pでの小役出現率が、20%以上なら設定6。10%以下なら設定5以下。
判別対象小役…スイカ、プラム、4枚チェリー
(2枚チェリーは判別に含めない)
日テレ深夜に流れた、ジブリ作品の「試験放送」(1997年)
※今回は、パチ・スロとほぼ無縁の話なので、予めご了承願いたい。
以下は、主に自身の「備忘録」として作成した記事だが、この情報が、90年代テレビ・映画史の一助となれば幸いだ(ネット検索しても、全くといってよい程、以下の内容が出て来ないので…)。
19年前の1997年(平成9年)7月、宮崎駿監督でお馴染み、スタジオジブリの長編アニメーション映画「もののけ姫」(徳間書店)が、東宝洋画系にて公開された。
構想16年、製作3年の超大作。作り込まれたストーリーは勿論の事、個性溢れる登場人物、色彩豊かな映像美、豪華な声優陣、そしてカウンターテナー歌手・米良美一の透明感溢れる主題歌など、当時は大きな話題を呼び、興業的にも大成功を収めた(私も、地元映画館にて鑑賞)。
ところで、本作公開前の一時期、日本テレビの深夜枠で、この映画の宣伝用と思しき「試験放送」が流れた事を、皆さんはご存知だろうか?
ネット情報の少なさからすると、或いは、首都圏のみの「ローカル放映」だったのかもしれない。
「深夜」といっても、午前0時や1時といった次元ではなく、真夜中の3時半過ぎから、早朝5時頃のオープニングまでの、約1時間半。大半の人が眠りに落ちた、「忘れ去られた」時間帯である。
まぁ、当時の私は相当の「宵っ張り」だったから、90年代深夜放送とは、何かと縁が深い。
放映時期は、「もののけ姫」封切り直前の、1997年6月末~7月初頭。1日、2日の短期ではなく、3週間ほどに渡り、オンエアされていた筈だ。
但し、「毎日、必ず流れる」訳ではなく、日によって、やったりやらなかったりと、割と「神出鬼没」的なOAだった。
「今日、録画しておこうかな…」と思ってビデオをスタンバイしても、最後まで映像が流れてこないことが、結構あったのだ。
では、この深夜枠で、一体何が放映されたかというと、新作(当時)「もののけ姫」の情報に加えて、過去の全ジブリ作品(映画)を、ダイジェストで時系列順に紹介していた。
宮崎駿氏や高畑勲氏の作品、すなわち、1984年公開の「風の谷のナウシカ」(厳密には、ジブリが出来る前の作品)に始まり、1986年の「天空の城ラピュタ」、88年同時公開の「となりのトトロ」と「火垂るの墓」、89年「魔女の宅急便」、91年「おもひでぽろぽろ」、92年の「紅の豚」、94年「平成狸合戦ぽんぽこ」、そして95年公開「耳をすませば」の、計9作品である。
(C)日本テレビ/1997 (C)二馬力・徳間書店/1988
(このタイトルの後に、ダイジェスト映像などが流れた)
(C)日本テレビ/1997 (C)岡本蛍・刀根夕子・TNHG/1991
(「おもひでぽろぽろ」のワンシーン)
各作品のダイジェスト映像の他、登場する各キャラクターの初期設定やイメージボード(スケッチ)、ストーリーボード(絵コンテ)、小説用イラストなども多く紹介。「ジブリファン」ならずとも、なかなかに楽しめる内容であった。
なお、こうしたイラスト関連の画像は、主に、徳間書店「アニメージュ」の「THE ART」シリーズ(映画の原画やイラストを掲載した本)からの抜粋だった事を付け加えておく。
さらに、各映画で使われたキャッチフレーズ(例:となりのトトロ…「このへんな生きものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」)や、作画枚数、使用色数、上映時間、製作期間といった関連情報も、併せて紹介。ジブリ作品に関する「ウンチク」が、この映像を見れば、ほんの少しだけ判った。
(C)日本テレビ1997 (C)角野栄子・二馬力・徳間書店/1989
(「魔女の宅急便」の製作期間(88.4/1~89.7.17)を示すデータ)
また、映像のバックでは、各作品のテーマ曲(例「魔女の宅急便」…荒井由美「優しさにつつまれたなら」)が常に流れていた。ジブリ映画はどれも名曲揃いで、非常に耳心地が良かった。
それぞれの映画の紹介時間は、「4~6分」程度と短め。
ナウシカが終わるとラピュタ、ラピュタの後は一旦「もののけ姫」の宣伝が入る(米良美一の主題歌をバックに映像が流れる)。それが終わると「トトロ」、次が「魔女の宅急便」。再び「もののけ姫」を挟んだら、さらに「おもひで」⇒「紅の豚」⇒「もののけ」⇒「ぽんぽこ」⇒「耳をすませば」という具合に、時系列順に作品の映像は続く。
こんな感じで、新作「もののけ姫」を中心に、全てのジブリ映画を「ダイジェスト+原画紹介」の形で、延々と流し続けたのだ。
(C)日本テレビ/1997 (C)二馬力 TNGD/1997
(この深夜枠の主たる目的は、やはり97年7月12日公開「もののけ姫」の宣伝だろう。ダイジェスト映像の他、仕事場で「もののけ」のセル画描きに追われる、スタッフの様子なども紹介)
しかも、95年の「耳をすませば」が終わると、再び84年の「ナウシカ」に戻るので、映像は「エンドレス」状態。これが、午前3時半頃から、「ハトのOP映像」が出る午前5時までの間、ひたすら続いた。
さらに、こうしたジブリ映画の合間には、やはりジブリの作品「そらいろのたね」(優しい少年と、一寸ワガママな小ギツネのファンタジー)も併せて放映(3話分)。同作は、もともと絵本だったが、93年の日テレ開局40周年記念に、ジブリが「アニメ版」を製作(宮崎駿氏が監督を務めた)。
(C)日本テレビ/1997 (C)中川季枝子、大村百合子、スタジオジブリ
(アニメ版「そらいろのたね」…バックで流れる、ホンワカしたBGMも好きだった)
それにしても、あらためて内容を振り返ってみると、当時はボーッと画面を見ていただけだが、単なる深夜の「試験放送」にしては、あまりに「贅沢」すぎる映像だと思う。いい時代だったねぇ…。
こんな感じで、19年前の一時期、いわば「日テレ・深夜ジブリ枠」的な、贅沢極まりない映像が、ひっそりと流れていたのだが…
既存のネット情報は、私が調べた限り、「皆無」である。まさか、「私しか覚えていない」という訳ではないと思うが…。
「夢でも、見てたんじゃないか」と突っ込まれそうだが、当時の録画が手元にあるので、間違いない。
因みに、なぜこの映像が「試験放送」と判ったかといえば、画面の右上に日テレのマスコットキャラ「なんだろう」が時計回りに動いていて、胴体に「TEST」の文字がくっきり書かれていたからだ。
(C)日本テレビ
画面右上の「なんだろう」は、右向き時は普通だが…
(C)日本テレビ
クルリと回って左を向くと、試験放送を思わせる「TEST」の文字が現れる。映像が流れる間、ずっとこのキャラが、右上でクルクルと回り続けていた。
因みに、この「なんだろう」も、’93年の日テレ開局40周年に、宮崎駿監督がデザインしたキャラ。当初は「1年限定」の使用予定も、予想外の人気で、そのまま使い続けた経緯がある。正体不明の「謎」キャラだが、正面が「豚っ鼻」なのが、意外性があって面白い。
まぁ、当方が提供できる情報は、こんなところだろうか…。
今回は、パチ・スロと一切無関係な話題に終始した。だが、これも、大好きな「90年代史」の一幕という事で、どうかご理解頂きたい。
それと、こんな古い深夜のマイナー(?)映像を録った当時の自分を、一寸だけ褒めてやりたい。
TVチャンピオン「全国パチンコ女王選手権」(1992年OA)データ
テレビ東京系にて放映
「TVチャンピオン・全国パチンコ女王選手権」(1992年OA)データ
(概要)
同年5月に放映された一般参加企画「第1回・全国パチンコ王選手権」の好評を受け、女性限定の大会を開催。やはり一般参加型で、視聴者から出場者を募集。抽選で選ばれた51名が予選参加。優勝賞金は50万円。
(予選)
・開催日…1992年(平成4年)7月19日(日)
・会場…埼玉、浦和駅西口(さくら草通り)「ニューマイニチ」(閉店)
・参加人数…51名(女性限定)
・ルール…各人に持ち玉1000発を支給。制限時間1時間の出玉勝負(機種はデジパチなら自由)。出玉が尽きた時点でリタイア。出玉上位5名が決勝進出。
・結果…51名中31名が途中リタイアするも、以下の5名が勝ち上がる。
1位…永井さん(会社員、28歳)、14361発
2位…西原さん(大学生、22歳)、12110発
3位…橋詰さん(予備校生、19歳)、9490発
4位…木村さん(主婦、43歳)、7949発
5位…新藤さん(主婦、29歳)、7809発
※1位の永井さんは、1時間の短期勝負にも拘らず、デジパチ「ブラボーキングダム」(平和)の数珠連チャンで、大量出玉を獲得。
※本来の出玉3位だった参加者が決勝参加を辞退した為、4~6位が繰り上がりに。新藤さんは、本来6位からのラッキーな「繰り上げ出場」を果たした。
※2位の西原さんは、某「秘密」系パチンコ攻略誌上の「読者対決」で、連続してチャンピオン(名人位)を防衛した実力者。なお、当時ガイド誌で人気だった某・女流漫画家と名前が似ていたが、全くの別人である。
(決勝)
・開催日…1992年8月1日(土)
・会場…予選と同様、浦和「ニューマイニチ」
・参加者…上記の決勝進出5名(永井、西原、橋詰、木村、新藤)
・コーナー進行(ラウンドMC)…乱一世(タレント)
・ルール…決勝は3ラウンド制。1、2Rでは最下位1名が脱落。上位3名で最終Rを戦う。
・勝負展開(概要)
★ラウンド1(ハネモノ・釘読み勝負)
・使用台…店内設置のハネモノ3種
スリラー(奥村、新要件)、オロチョンパII(SANKYO、新要件)、チェッカー3(大一、新要件)
・ルール…各機種に1台だけ用意された「甘釘台」を見破る
・結果…永井 西原、橋詰、新藤の4名は、3台とも見事正解。木村は2機種正解も、オロチョンパIIで痛恨のミス。ハイレベルな戦いの結果、予選4位で最年長の主婦・木村が、玉を弾く事無く敗退。
奥村「スリラー」(1991年、新要件)…ヤクモノのフランケンの口に入れば、Vの大チャンス。また、回転するフランケンの両腕が、玉をリフトする動作も特徴があった。
SANKYO「オロチョンパII」(1992年、新要件)…SANKYO初のタイアップ機。河内音頭を歌う個性派タレント、河内家菊水丸とのコラボで話題に。ヤクモノは旧要件「うちのポチ」タイプ。よく喋り、よく歌うハネモノ。出玉の多い「SP」(7&15)もあったが、本機は賞球「5&10」で、出玉は控えめ。
大一「チェッカー3」(1991年、新要件)…新要件初期に出た、大一「F1」モノの1つ。他に、兄弟機「チェッカー1」(賞球7&15のノーマルタイプ)や、類似の役物を使った「フォーミュラー1」「フォーミュラー2」もある。本機は「チェッカー1」と異なり、「ミニデジタル」を採用。ヤクモノのハズレ穴入賞で、天下の7セグが始動。「3」「7」が出ると、V獲得の大チャンス。ヤクモノ奥で上下動を続けるF1が、下がったまま停止。車体前方の穴を通り易くなり、下段トンネル経由で手前Vに入る確率がアップ。賞球は「6&10」で、最高15ラウンド継続。
★ラウンド2(ハネモノ出玉勝負)
・使用台…店内設置のハネモノ「ニューモンロー」(西陣、新要件)
・ルール…持ち玉1000発の出玉勝負。制限時間は1時間。
・展開&結果…予備校生の橋詰は、序盤から安定して出玉を伸ばす。理系女子大生の西原と、OL永井も、Vを決めて後を追う。一方、若い主婦の新藤は苦戦。全くVに寄らず、残り玉上皿僅かまで追いつめられる。だが、そこで起死回生のV。クセ悪でパンク連発も、しぶとく初当りが続き、出玉はジワジワ増える。一方、序盤に出した永井は後が続かず、持ち玉を使い果たして、無念のリタイア。最終R進出者は、橋詰、西原、新藤の三名に決定。
西陣「ニューモンロー」(1991年、新要件)…西陣初の新要件ハネモノ。ヤクモノのモンローが服を脱ぐ様子が面白かったが、一部地域でNG扱いに。左肩のGOチャッカー入賞で、センター電チュー開放。電チュー入賞でハネが2回開く。1回目のハネ開閉で玉が拾われると、Vに入賞し易かった。故・田山幸憲プロが、池袋S店(山楽)地下で、一時期追った台でもある。大量出玉がウリだが、「クセ悪台のパンク」には要注意だった。電チュー用GOチャッカーの位置と、大当り中の展開が異なる兄弟機「P-2」も存在。
★ラウンド3(デジパチ出玉勝負)
・勝負台…店内設置のデジパチ「フィーバーレジェンドI」(SANKYO)
・ルール…持ち玉2000発の出玉対決。制限時間は1時間。
・展開&結果…新藤が、序盤の大当り2連続で先行。橋詰と西原はなかなか当らず。だが、この二人の立ち回りが対照的だった。橋詰は、狙い台に座ったまま動かず、「粘り」を決め込む。一方の西原は、試し打ちをしつつ、台移動を繰り返す。すると、持ち玉が切れかかった頃に、橋詰が大当り。逆に、狙いが定まらない西原、各台で持ち玉を使い果たして、あえなく競技終了。以後、新藤と橋詰の一騎打ちとなる。
終盤、橋詰が2回目の大当りを引き、保1ダブルも決めて、新藤を逆転。そのままタイムアップかと思われたが、ラスト3分となった所で、新藤も執念の大当りを引く。女同士の意地の張り合いは最後まで続き、勝負の行方はジェットカウンターでの計数に持ち込まれた。
計量の結果、僅か500発差で新藤が橋詰を振り切って、見事「パチンコ女王」の座に輝く。予選での「繰り上げ出場」に始まり、決勝でも粘りと強運で勝ち上がった「勝負強さ」が光った。「二児の母」という新藤。やはり「母は強し」。優勝賞金50万を何に使うかとの問いに「家族旅行」と答えて、最後は「優しいお母さん」ぶりを見せた。
SANKYO「フィーバーレジェンドI」(1992年、新要件デジパチ)…SANKYOお得意のドラム採用。保1連チャンが大きな特徴(連チャン率20%)。出玉をガッツリ稼げる、ウイング式アタッカーも印象に残る。兄弟機(II)や後継機(III、GP)もあったが、個人的に「レジェンド」といえば、本機(I)が一番の好みだった。
(本放送オンエア)
・1992年9月10日(木) 20:00~20:54(テレビ東京系列)
・スタジオMC・・・田中義剛、東ちづる、松本明子
※当時は、まだ優勝者がスタジオに来場するシステムではなかった。
花月(カゲツ)(山佐、4号機)の記憶
自室を整理・整頓中に、個人的にちょっと懐かしいアイテムを「発掘」。
まぁ、何の変哲もない、ごく普通の「手帳」な訳だが…
折り畳むと、「タテ7センチ、ヨコ5センチ」ほどの、小さなメモ帳。
ガラにもなくメルヘンチックで、ちょっと可愛い「サル」の表紙。
何処で購入したかもハッキリ覚えているが、大した情報ではないから割愛。
では一体、これの何処が「懐かしい」のかといえば…
実は、この手帳、16年前(2000年)のスロの立ち回りの一部が、雑然とメモってあった。
当時は、これを胸ポケットなどに入れて、その日の勝負展開を記していた、という訳だ。
2000年(平成12年)と言えば、当ブログ的には、「チョイ懐」の時期に当る。
だが最近は、この時期でさえ、少なからず「郷愁」を覚える。
それだけ年を取ったという事か…。
時期的には、「2000年9月末~10月末」の、およそ1ヶ月といったところ。
記載内容は、日によってバラバラだが、大まかにいえば「実戦日、実戦ホール、対戦機種、ボーナス間隔、収支」といったスロの実戦データが、乱雑に書いてある。
(2000年10月19日(木)、町田「MSC(町田サクラセンター)にて、山佐「アラベスクR」の18番台を実戦。確か、一番左の通路、右側のシマ。背中に「キングジャック」(岡崎)があった。
この日は計2261P回して、Big8回、Reg5回の1055枚を獲得。投資2000円、換金17500円、収支が+15500円。「1055枚で17.5K換金」なので、当時のMSCの換金率は「6枚交換」と判る。この後、MSCは「回専問屋さくらや」(和風テイスト)にリニューアルして、換金も等価に変わった。こんなメモ一枚でも、スロ屋の「歴史」を垣間見る事ができる。
こうしたメモの類は、懐かしさ以上に、過去の行動を思い返すには、まさに絶好の「資料」。当方の如き「懐古厨」にとっては、何とも有難い限りだ。
当時、このテの実戦データはよく書き残したが、いつの間にか、手元から消えてしまったものも多い。また、現役時に、ホールに大事なメモ帳を置き忘れて、見つからなかった事もある(随分と勿体ない事をした…)。
で、この「サル手帳」をザッと見返して、「実戦日、実戦店、対戦台」に絞ってまとめたところ、当時の私は、以下のような行動パターンを取っていた(局地的な話題で恐縮だが)。
(2000年9月末~10月末のスロ立ち回り)
9月20日(水) 成瀬「ジャンジャンP2」 花月(山佐)
9月21日(木) 武蔵中原「JANT」 花月
9月22日(金) 「JANT」 花月
日時不明 読売ランド前「スロットランド」 花月
9月28日(木)
新百合ヶ丘「ZIATH」 ロッキー(高砂) スーパージャックポット(岡崎)
鶴川「Diamond」 ターミネーター(IGT) Fパンチアウト(パチ、大同)
町田「PIA町田」 大江戸桜吹雪(平和)
10月1日(日) 「PIA町田」 ニューパルサー(山佐)
10月2日(月) 町田「Super Star」 大漁2(北電子)
10月4日(水) 「スロットランド」 花月
10月6日(金) 「スロットランド」 花月 ニューパルサー
10月12日(木) 登戸「ミツワ」 タイムクロス(山佐)
10月13日(土) 町田「Super Star」 タイムクロス
(日付不明) 「PIA町田」 ビッグボーダー(テクノコーシン)
10月17日(火) 「スロットランド」 花月
10月19日(木)
「PIA町田」 ビッグボーダー
「MSC(町田サクラセンター)」 アラベスクR(山佐)
10月27日(金) 向ヶ丘遊園「ダスベガス」 デュエルドラゴン2(アルゼ)、リアルボルテージ2(アルゼ)、タイムクロス
10月28日(土)
登戸 「ニューハトヤ」 ハナビ(アルゼ)
登戸「ハトヤ本店」 ハネモノ(玉ちゃんファイト)
※その他、日付・ホール・機種が不明で、ボーナス間隔と収支のみ記載のデータも幾つかあったが、解読不能の為、割愛した。
それにしても、この時期は、あちらこちらのホールを「放浪の民」の如く、動き回っている。「パチ屋・スロ屋巡り」自体を、楽しんでいる感じさえする。まぁ、これは元々の性分だが…。
活動エリアでいえば、町田や登戸といった「小田急沿線」に重点を絞っていて、時折、他の地域にも足を伸ばしている。
機種では、「花月」「タイムクロス」「アラベスクR」、それに「ニューパル」など、山佐に傾倒している印象を受ける。
言わずもがなだが、圧倒的に「スロ」ばかりを打っており、たまに、デジパチ「Fパンチアウト」やハネモノの「玉ちゃんファイト」なんかを触っている程度。2000年以降だと、メモした時期以外でも、おおよそ、こんな立ち回りだったと記憶。
⇒CR機は、ほぼ「卒業」(CRギンパラや初代源さん、モンスターハウスは、たまに打った)。大抵は、古めの「現金機」を実戦(デジパチ…FクイーンII、権利物…ミルキーバー/ギンパラ、ギャラクシー、一般電役…ナナシー/オークス2/小龍包、ハネモノ…玉ちゃんファイト/ファインプレー/たぬ吉くん2など)。
因みに、メモに書かれた「収支」を全て計算したら、案外と好調な成績であった(収支公開は自重…)。かなりの「ヒキ強」時期だった模様。
さて、手帳をざっと見た中でも、割と丁寧に展開を記していたのが、以下のデータだ。
(ページ左)
(ページ右)
2000年9月21日(木)、JR南武線・武蔵中原駅近くのパチ屋「JANT」にて、山佐の4号機「カゲツ」を打った時の実戦データ。
日付、店名、機種や台番は勿論、BRのゲーム間隔、ビッグ中の獲得枚数、平均獲得枚数、総ゲーム数、トータルのBR回数などが、しっかりとメモってあった。
全てのデータが、こう綺麗に纏めてあれば良かったが…それは、この際置いといて。
メモをよく見ると、出だしが「1K 500 B」となっている。まぁ、「1000円投資で、500G目にビッグを引いた」という意味だが、1000円で500も回るハズはなく、前任者の「後釜」だった事は明らかだ。ここは、何ゲーム目で着席したかも、ちゃんと書いておくべきだった…。
また、自分の引いたボーナス回数を数えると、「Big18回、Reg9回」なのに、メモには「TOTAL5848(P)、BIG26、Reg18」とある。恐らくは、実戦終了後データランプを押して、その日の総G数と総BR回数を、ササッとメモったのだろう。実際、自分の担当した部分のみ計算すると、「3834P、B18/R9」。ともかくも、上記データからは、「設定6」の可能性さえ窺える。
★この日のビッグ出現率=1/224.9 バケ出現率=1/324.9
⇒花月の設定6は、Big「1/1.240.9」、Reg「1/364.1」。BR共に、設定6以上の数値。
補足すると、<>のカッコが付いた数字は全てバケを引いたゲーム数で、「ビッグ間のボーナス間隔」で記入(バケでゲーム数がリセットされないデータランプだろう)。後半に、「ビッグ間861G」のハマリを喰らうも、バケ6回で凌いでいる。この辺りも、「高設定」を匂わせる展開。
途中、気持ち良いビッグの連チャンもあって(よく見ると、2ケタ連が多い…)、最終的に「3680枚」獲得の73500円換金(等価)。収支も「プラス66500円」と満足いく結果を得た(但し、翌日は、同じ台で2万凹んで退散。しっかり設定は下げられた模様…)。
2000年後半のこの時期、私は遅ればせながら、カゲツの「リプレイハズシ」の効果に着目。都内や神奈川の設置店を探して、ペシペシと打ち回った事を思い出す(花月は’99年春のリリースで、新台時期からは相当の期間が経過していた)。
手帳を見ると、武蔵中原「JANT」の他、JR成瀬駅前の「ジャンジャンP2」や、小田急線・読売ランド前の「スロットランド」などで、カゲツ(ハズシ使用)を実戦したデータが残る。
また、メモには残っていないが、同時期、新宿・歌舞伎町「グリンピースタワー店」や、溝の口「日拓エスパス駅前店」、それに調布駅南口「ダイヤ」でも、カゲツのハズシを行った。
因みに、導入当初にカゲツを打っていたのは、歌舞伎町の「エルニド3」や「グリンピース5(等価)」、それに新百合ヶ丘「ジアス」など。この時は、当然ハズシも知らず、順押しで普通にビッグを消化するのみで、「運が良ければ大量獲得」程度の認識しかなかった。
その数か月後に、本機のハズシ手順(3枚掛け・初期手順」が発覚したが、触手は伸びず。
さらに暫く経った2000年秋、遅ればせながら「2枚掛けハズシ」の効果を知って「やる気」になったが、その時期は既に店から外されている事が多く、上記の3店舗も撤去済みだった。
その為、普段はあまり出向かない「武蔵中原」辺りまで、積極的に足を伸ばした訳だ。
「花月」(カゲツ) (山佐4号機、1999年登場)
(ボーナス確率)
BIG REG
設定1 1/327.7 1/655.4
設定2 1/303.4 1/606.8
設定3 1/282.5 1/565.0
設定4 1/264.3 1/528.5
設定5 1/248.2 1/496.5
設定6 1/240.9 1/364.1
(払い出し表)
※ボーナス図柄は、白7・坊主(黒)・桜(赤)
※8枚役は「小坊主」と「小桜」
※チェリーに相当するのが「梅」
解釈変更により、ビッグ中の大量獲得を可能にした「新基準機」として、99年春に登場。
モチーフは「花札」。下パネルには、古風な「花月」の墨文字に、「月見で一杯、花見で一杯」の風流なキャッチフレーズが添えてある。
当初は、運次第で大量獲得が可能だが、リプレイハズシの効かない「万人に平等な機種」として知られた。だが、後に「ハズシ手順」が発覚。難易度は「超A級」だが、上級者にオイシイ状況を作り出した。同時期登場の兄弟機「ツーペアー」。後継機は「梅花月R」(2000年)。
私は、「ハズシが効かない」とされた初期から、ごく普通に本機を楽しんだ。筐体や図柄の完成度の高さには「気品」すら感じたし、純和風なBGMにも独特の味わいがあった。
ビッグ時のファンファーレは、3種類のボーナス図柄(白7、黒(坊主=月)、赤(桜))に応じて3パターンが存在(ボーナステンパイ音も、図柄毎に3種類アリ)。
そのファンファーレは、黒い「坊主ビッグ」だと「十五夜お月さん」、赤い「桜ビッグ」なら「さくらさくら」(いずれも童謡)を思わせる、和風で小洒落たメロディが流れる。一方、白7の旋律はオリジナル風。
通常時、ボーナス成立を示唆する、「コイコイチェック」(チャンスメーター)というランプ演出が特徴。特定の目(坊主・小坊主or桜・小桜の一直線)が出ると、リール上部のLEDランプ(計12個)が作動。その停止位置で、ボーナス期待度を示した。「10」以上で止まればボーナスだが、出目とランプの組み合わせによっては、その他の鉄板パターンも存在。
もちろん、山佐お得意のリーチ目も健在。歴代機種に比べれば、ややシンプルな印象も受けたが、それゆえに、「単純でインパクトの強い目」も多く、大いに打ち手を魅了した。
一方、ビッグ中は「イージーマックス」機能と呼ばれる、楽な目押しで15枚が取れる仕様。「小坊主・小坊主・坊主(黒)」か、「小桜、小桜、桜(赤)」が並べばOK。15枚役成立時は、左・中適当押しでも、小坊主と小桜がほぼ「Wテンパイ」の形になる(左リールのNGポイントを押すと、単独テンパイが出現)。後は、右のテンパイラインに、対応するボーナス図柄(坊主or桜)を狙えば良い。
その右リールにも「9コマ」という大きな余裕があったから、黒い「坊主」が見える目押し力があれば、ビッグ消化にほぼ支障は無かった。ビッグ中の15枚のヒキ次第で、600枚という「大量獲得」が可能なスペックもあり、広く人気を博した。
だが、当初は「ハズシ不可」とされており、技術介入を好む中級者以上にとっては、一種の物足りなさを感じさせたのも事実だった。
そんな本機も、設置開始から少し経った頃、「3枚掛け・中押し」のハズシ手順が、各攻略誌で紹介された(各誌によって、手順に違いはあった)。「万人平等」のハズが、一気に「技術介入性アリアリ」へと昇格した。但し、変則押しだと制御で15枚をこぼし易く(「3/8」の高確率でこぼした)、このハズシ効果には賛否両論あった(個人的な考えでは、目押しさえ正確に行えば、順押しよりも獲得枚数は確実にアップした)。
そのしばらく後、今度は「2枚掛け」でハズす、「新手順」が編み出された。本機はビッグ中の3枚掛け時の15枚確率が「1/1.328」と高いが、2枚掛けでも「1/1.49」と遜色無い数値だった。また、ジャックイン確率も、1枚~3枚掛けで共通だった為(1/4.096)、2枚掛けでも不利にはならなかった。むしろ、ベット数が少ない分、獲得枚数はアップする、と言われた。その為、各リールの「ビタ押し」(これが結構難しい…)さえ決めれば、2枚掛けハズシ手順は大いに効果アリとされた。
ただ、私は2枚掛けハズシを行う際、3枚掛け手順と同じ押し方を使っていた。実は、全く別の箇所を中リールにビタで狙うと、遥かに多くの枚数を抜けたという。
しかし、当時はその事を知らずに、単に「ベット枚数」が少ない分、3枚掛けと同手順で2枚掛けに変えれば、有利になると思っていた。もう少し、正確に情報を掴んでいれば…。
という訳で、以下は、私が本機で2枚掛けハズシを行っていた際の、通常時及びビッグ中の打法である。
あくまでも、当時の実戦手順の紹介であって、「最良手順」ではない点を、ご了承願いたい。
(通常時)
花月の打ち方には様々あり、「左リール上段に、上にチェリー※が付いた坊主」を狙うのが、ポピュラーな手順だった(ハサミ打ちが判り易い)。
※本機のチェリーは「梅」だが、便宜上「チェリー」と表記。
だが、私は「ある理由」により、以下の「順押し手順」を頻繁に使った。
(1)まず、左上段に「下チェリー付きの坊主」を狙う。
(2)チェリー時は、中段or上・下段にチェリーが停止。
ここからの典型的なリーチ目には、以下の(A)(B)(C)がある。但し、何れも「成立後のリーチ目」(アト目)。
(A)チェリー付きのボーナスハサミ目
(B)チェリー付きの「コイコイチェック目」(坊主と小坊主の一直線)
※左中段チェリー付きの坊主は、右上段に小坊主停止なら、中リール不問で「入り」。
※左下段チェリー付きの坊主は、右中段に小坊主停止なら、中リール不問で「入り」。
(3)チェリー非成立時は以下の(A)(B)で止まるが、中・右適当押しで、取りこぼしなし。
(A)左「リプ・小坊主・坊主」…大抵はこの形になる。
(B)左「小桜・リプ・小坊主」…小役成立時とボーナス成立Pは、ここまでスベる事アリ。
★停止形(A)の主なリーチ目
(大半が、この停止形でボーナス察知。出目法則が単純で判り易い)
(a)坊主の下段テンパイ(二確目)
花月で一番好きな目がコレ。これを多く拝みたい為に、「下チェリー付坊主」狙いに拘った。上述した「ある理由」こそ、このリーチ目の存在である。
(b)ボーナス一直線目(全ライン有効)
※中リール下段に「白7」がないのは、BR成立中は、白7よりも「小坊主」を優先して下段に引き込む制御の為、左がこの形で、中・下段に白7は止まらないから。)
(c)坊主の右上がりハサミテンパイ
(c)左下段坊主⇒右上段白7
(d)左下段坊主⇒右上段桜…小役ハズレ目
(e)左下段坊主、中リール下段に桜(リプレイハズレ目)
(f)ビッグ中15枚の形(小坊主・小坊主・坊主)が停止
★停止形(B)の主なリーチ目(コチラもシンプル)
コチラも、「ビッグ中15枚役」の形が出れば、100%のリーチ目。なお、上記小役狙い時、左がここまでスベってリーチ目が出るのは、ボーナス成立G限定と思われる。
(4)「コイコイチェック」(チャンスメーター)との絡みでは、以下の形も鉄板で「入り」。
(A)LEDランプが「10~12」の何れかで止まれば鉄板
(B)「10~12」が全て付くとプレミア、ビッグ確定
(C)「坊主・小坊主」絡みのコイコイチェック時、LEDに「7」が止まれば鉄板
(D)左リールに小坊主停止のコイコイチェック時は、LEDが「7」でも「9」でもOK
(ビッグ中の手順)
(A)1,2回目の小役ゲーム
順押しで消化。左は適当でも良いが、「白7」を枠内に狙うと、15枚時は必ず小坊主と小桜の「Wテンパイ」となり、右リールの目押しがいっそう楽に。
中を適当押しで、小坊主・小桜がWテンパイしたら、右に「坊主or桜」を狙って、15枚ゲット。黒い坊主は見易く、さらに桜も含めれば「9コマ」余裕があるので、基本的に目押しは楽。
なお、小坊主や小桜が単独テンパイしたら、右に対応するボーナス図柄(坊主/桜)を狙う。
また、リプレイテンパイ時は、そのまま適当押しでジャックインさせる。
(B)3回目の小役ゲーム
3回目からは、「2枚掛け・中押し」に切り替える。
3枚掛けと2枚掛けの15枚役確率の差が小さかった事、ジャックイン確率が一緒である事、そして、2枚掛けでも一定確率で15枚を取れる制御だったが、この手順を可能にした。
但し、難易度は非常に高く、リプレイをハズす際は、必ず「ビタ」が求められた。また、15枚が取れるケースでも、右リールで特定位置のビタ押しに失敗すると、無情にも取りこぼすケースが多い。元々、変則押しは制御で15枚役こぼしのケースが多く、さらに要所でビタを決める必要もあったから、精神的なプレッシャーは、他機種よりも遥かに大きかった。
出来る事なら、1,2回目の小役ゲームで、なるべく15枚を多くとっておいて、2枚掛けの機会を後回しにしたい…こう思うのは、ハズシを知らなかった頃の心情と、何ら変わらない。まぁ、それはさておき…自分が行っていたハズシ手順を紹介しよう。
まず、中リール中段に「黒7」を狙う
※註※
この時、中リール枠下に「桜」をビタで狙えば、獲得枚数が俄然増えたとの事である。
だが、現役時に私が採用したのは、あくまで「中段黒7」狙い(情報不足)。今回は、コチラを紹介するに留めたい。)
イジワル制御によって、15枚役成立時の「3/8」は、強制的にハズレとなる。残りの「5/8」に賭けるしかない。
中押しで15枚が取れる可能性があるのは、以下の2パターンが中リールに出た時だ。
(a)中段「小坊主」停止
(b)中段「小桜」停止
(a)が停止したら、左枠内に「白7」を狙う。
以下のWテンパイなら、右の目押しは楽。但し、2枚掛けなので、斜めラインは不可。右上段に赤い「桜」を狙う(坊主を狙うと15枚をこぼす)。桜は4コマ滑るから、目押しは楽。
上段15枚ゲット!くれぐれも、黒い坊主を狙わないように。
一方、中段に小坊主が「単独」テンパイしたら、右の目押し力が大きく問われる。
この場合は、右リール枠上に「坊主」をビタで狙う。
すると、坊主が2コマ滑って、中段に15枚が揃う。「右を2コマ滑らせる」テクニックがポイントで、こうしないと、右の坊主は揃わない(1コマやビタだとOUT)。早すぎても遅すぎてもダメ。慎重な目押しが要求される。こぼすと「逃がした魚は大きい」感じで、精神的ダメージ大。
次に、中リールが(b)で止まった場合、左枠内に「小坊主・チェリー・坊主」を狙う。
すると、中段に小桜が単独でテンパイするので…
右リール上段に、赤い「桜」をビタで狙う。
すると、右の桜が1コマスベッて、中段に15枚が揃う。コチラは「1コマ滑らせる」テクニック。やはり、ビタや2コマ上だとOUT。慎重に右を狙う必要アリ。取りこぼし時のダメージ大。
15枚を取れる中リールの形は、上記2パターンのみ。
以下は、要ハズシorハズレ(15枚こぼし含む)のケースだ。
中リール中段に坊主を狙って、中段にリプレイが来たら、ジャックイン又は15枚取りこぼし。
右は適当押しで、リプレイが中段テンパイしたら、左でハズす。
リプ非テンパイなら、左は適当押しでOK。
リプが中段にテンパったら…
ハズシは、左・中段に「桜の下の小桜」をビタで狙う。ここ以外、ハズシポイントは無い。3枚掛けなら、時折、上下段にリプがテンパイして、ハズシが楽な局面も来るが、2枚掛けだと、そうはいかない。成功時は以下の形でハズれる。左リールは桜が2個あるので、混同しないように注意。
3回目の小役ゲームが残り8回になったら、再び「順押し・15枚役狙い」に切り替える。
なお、ジャックゲームを使って、リプレイハズシの「練習」が出来た。
ジャック消化中、中・右適当押しで、中段リプレイがテンパイしたら、左・中段に、ハズシポイント(桜の下の小桜)をビタ押し。
ビタに成功すれば、以下の形(チェリー・リプ・リプ)でジャックが揃う。失敗すると、普通にリプレイが中段に揃うから、ビタの成否が丸わかり。
なお、ビッグ終了後、リール上のLED点灯数で、獲得枚数を「50枚単位」で大まかに表示。400~449枚は8個、450~499枚で9個、500~549枚が10個、550~599枚が11個、600枚以上なら12個のフル点灯となる。
また、点灯数9個以下と10個以上では、ビッグ終了時のBGMが異なるのも特徴だった。
上記の2枚掛けハズシ手順により、個人的には、実戦で「平均490枚」程度をキープした。武蔵中原「JANT」の実戦でも、平均「481.83枚」とまずまずの数値(適当押し時は、平均で約460枚)。
しかしながら、先程も触れたが、「中リール枠下桜ビタ」のハズシを使っていれば、おそらく、平均500枚は超えていたと思われる。自身の「情報不足」が、返す返すも悔やまれる…。
まぁ、色々と書いてしまったが、今回はここらで終わりたい。
新宿「5連アポロン」回想
1991年(平成3年)1月に北電子から登場した3-2号機「アポロン」。
これまで、当ブログでも度々取り上げてきた、思い出深き一台である。
(いい加減、そのネタは飽きた…という方は、ブラウザを閉じて頂きたい)
基本スペック、リーチ目、その他の特徴は、以下の「過去記事」を参照。
★北電子「アポロン」考(5連アポロンとは)
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/047e2a4a61fd5b86a60363db6ef9cfb3
★幻…?(⇒アポロンの「登場時期」についての考察)
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/ecb2a8d85276187913a5fbd9837070a8
★アポロン(北電子・3-2号機)
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/5f914bcda7609aaa16ed5dc0dd704237
導入当初、宿河原の「小松ホール」や向ヶ丘遊園の「ぱちんこ遊園」でノーマルアポロンを打ったが、特に「刺さる」ほどの思い入れは無い。マッタリした出方で、たまにBR混合の3連程度(自力連チャン)が来る感じだった。
まぁ、「ぱちんこ遊園」は、知る人ぞ知る名店で、ニューキャスター、ガリバー2、ガリバースペシャル、スーパーコップなど、北電子ファン垂涎のラインナップだった時期もあるから、店舗そのものには思い入れもある。だが、ここのアポロンで凄く出したとか、ドハマリした記憶はない。
やはり、本機といえば、大ハマリの後、ビッグの5連チャン(以上)が訪れる、通称「5連アポロン(5連Ver)」の存在だろう。
私が5連アポロンと対峙したのは、24年前の1992年(平成4年)。当時マイホだった、新宿・歌舞伎町の「西武新宿駅前」である(その他のエリアでも打った事はあるが、一番足繁く通ったのがココ)。
その頃、駅前の一帯では「某」チェーンが勢力を拡大中。さほど広くないエリアで、系列店が7軒も展開していた(パチ・スロ併設4軒、スロ専3軒)。
この某チェーンが、91年秋~92年初頭にかけて、実に「香ばしい」挙動を示すアポロンを、系列各店に導入し始めた。
件の新宿エリアでも、7店舗のうち、本店と等価のスロ専1軒を除く計5店が、5連アポロンを立て続けに設置。
アポロンといえば、元々「91年1月」デビューだから、ちょっと遅めの「再登場」となる。
こういった「タイムラグ」がある導入の場合、大抵、中身は「ひっくり返って」いた。
3号機は裏モノ全盛だったから、そういう「遅れた新台入替」に、チョイチョイ出くわしたのだ。
このアポロンも、どう見てもノーマルとは思えない出方に、「変貌」を遂げていた。
(何と、メイン基板の裏に、連チャン基板が仕込んであった。二枚基板の「カラクリ屋敷」)
しかも、打ってみると、実に判り易い挙動だった。それが、先述した「ハマリ後、ビッグ5連」のパターンである。
普段は黒い「コウモリ」のREGばかりが揃い、ビッグは稀に単発を引く程度。そのバケとて、頻繁には引けず、1万使って1、2回程度…という展開が多かった。
小役落ちは大して悪くはなかったが、投資速度はノーマルと比べ物にならないほど早い。
その代り、連チャンゾーンに入れば、最低でもビッグ5回分、約1700枚の嬉しい見返りが待っていた。
ビッグ5連なら「360枚×5=1800枚」だが、次の当りまで平均20Pほどかかるので、コインは若干減った。当時は「7枚交換」が主流だったので、約「2万4000円」のリターンだ。
大半はキッチリ「5連」で終わったが、時折、6連以上するケースもあった。こうなれば、ワンチャンスで「3万両」オーバーの時もある(7枚交換の場合)。
ハッキリいって展開は荒いが、最後に明快な連チャンがある以上、多少リスクは冒しても、いったん座ったら、出るまで頑張るしかない…といった感じの台だった。
だが、幾ら連チャンしても、初期投資に4万も5万もかけたら、話にならない。
なるべく初期投資は少なくして、連チャンしたら即逃げのパターンが基本だった。
「この台は高設定っぽいから、次のゾーンまで追っかけよう」などと考えると、ズルズルとハマって全ノマレした上、途中で資金が尽きたりして、ロクな目に合わなかったのだ。
個人的にも、当時は一介のバイト学生で、資金が潤沢ではなかった。バイト料が入った直後は5~6万くらい財布に入る事もあったが、敗戦続きで1万ポッキリ…という日も結構あった。
そんな「経済的事情」もあって、連チャンの前に手持ちが尽きる展開は怖かった。必然的に、シビアな立ち回りが求められた訳だ。1万で5連アポロンと戦うのは、流石に無謀だが。
先述の通り、某チェーンは、西武新宿駅前の密集地帯で、7軒中5軒が5連アポロンを置いていた。非常に「充実」した設置環境といえる。ただ、客付きには大きなバラつきもあった。
因みに、やはり西武新宿に近い「ニューミヤコセンター」という店にも、アポロン(白パネル)が入っていたが、いつ行っても満席で打てず、結局バージョンも判らずじまいだった。
で、5つの系列店を定期的に「巡視」して回り、誰かがアツく突っ込んでいたら、台番号を覚えておいて、後で空き台になっていたら打つ…という「ハイエナ」が効果的だった。
今とは違って、頭上のランプはピカピカ光るだけの機能しかなく、「総ゲーム数、BR回数、ボーナス間隔」といったデータランプは、まだ無かった。手めくりの赤い札でビッグの回数を表示するホールはあったが、某チェーンにはそれも無かった。つまり、自分の目で確認した生の情報こそが、立ち回りの全てだったのだ。
因みに、西武新宿駅前の路地では、昭和チックな飲食店や風俗店がズラリと並んでいて、「勇駒」などの海鮮料理店が、店先で海老やサザエを網で焼いていた(「エビ通り」の由来)。そんな「磯の香り」を嗅ぎながら、5つのホールをいそいそと巡回した記憶が残る。
この時期、まだ本機が「貯金」タイプという確証は無かったが(攻略誌に連チャンシステムが載ったのは、もう少し後の話)、露骨な挙動を見れば、ある程度突っ込むと連チャンで返ってくる仕様という事は、判っていた。
だからこそ、他人がある程度金を入れた、「後ガマ」のみ狙う。そうしないと、今度は自分がハイエナの餌食になってしまうからだ。
このテの判り易い連チャン機は、中身を知る打ち手達の「ハイエナ合戦」となりがちだった。特に、中国や東南アジア系の外国人が、そのテの立ち回りに長けていた。
自分も、そういった「ライバル」達に負けじと、金を使わずに頭と足を使い、チャンスをひたすら待った。すると、イチゲンのサラリーマンなどが理不尽なハマリで投資地獄に陥り、最後はタネ銭切れか時間切れで、席を立つ事があった。
客付きの良い店だと、そこでハイエナ同士の熾烈な席取り争いになる。だが、店によってはガラガラの時間帯もあって、意外とライバルの姿もなかったりした。
そういえば、有る時は、懐の封筒に入った万札を一枚づつ取り出しては両替に立ち、何とも不安気な表情でアポロンを打つ、50過ぎと思しきサラリーマンがいた。それをシマの端からコッソリ眺めていた自分は、彼が力尽きて去った後、すぐ後釜を取った。少し心が痛んだが、そんな感傷に浸っては、5連アポロンで勝つのは難しいのだ。
だが、ハイエナ着席に成功しても、連チャンが始まるまで油断はできない。そこから、孤独で不安な、本当の「戦い」が始まる。
途中のバケが少ない為、揃うのは孔雀、ワシ、竪琴、地球儀、チェリーといった小役ばかり。後は、ひたすらサンドに1000円を突っ込む、地味な展開が続く。
リーチ目又はチャンス目とされる、ボーナス図柄(赤7とコウモリ)の一直線目が出る毎に、「もしや」と思ってボーナスを狙うが、ガセも多かった(ノーマル・裏に拘らず、3割程度ガセる仕様)。
両替した10枚の千円札が尽きる頃、やっとチェリー先頭のリーチ目が入る(ほぼBR確定)。ここで「チェリー・7・7」と並べばビッグ(のリーチ目)なので、「揃え、揃え」と慎重に目押しを試みる。だが、幾ら狙っても揃わずに、結局はコウモリ(バケ)の方が揃う。
本機は、最初に中リールを狙えば成立したボーナスが止まり易いが、1リールのみで楽しみが消える事は、あまりやりたくなかった。そういえば、「コウモリの目押しが苦手」という人も、結構いたな…。
同チェーンの5連アポロンは、「単発ビッグ」が異様に少ないのも特徴だった。当時、攻略誌の解析で、貯金放出前でも「そこそこの確率」で単発ビッグが来る旨、フローチャート付きで説明していた。だが、某チェーンの初期5連アポロンは、ちょっと展開が違った。単発ビッグでさえもレア…そんなキツイ展開を耐え忍ばないと、連チャンには巡り合えなかった。
(因みに、その攻略誌が解析した基板と、某チェーンの基板が同じとは限らない)
暫く粘って、ようやく「チェリー・7・7」の「ほぼ、BR確定目」が出現。「ほぼ」としたのは、稀にガセもあったから。赤7を狙うと、独特のスベリを伴ってビシッと揃う。これで、ようやく「入口」に立った。ビッグさえ引けば大半が連チャンに繋がるが、単発もあるので、油断は禁物だ。
ビッグ終了後、暫く「緊張」の時間が続く。5プレイ、10プレイ、15プレイ…なかなかリーチ目が出ない。「単発かも…」と不安がよぎった直後、ボーナス一直線目がビシッと揃う。今度はガセらず、見事ビッグの連チャンをゲット。3連目ともなれば安心で、ドル箱を膝に乗せてのコイン詰め作業を開始。時折、60プレイ以上ハマって、やっと次のビッグが来る事もあった。
そういえば、5連アポロン降臨から半年ほど経った92年の4~6月にかけて、都内を中心に「基板改修・再封印」の一大キャンペーンが行われた事がある。裏モノが蔓延する状況に当局が「イエローカード」を出して、それに業界が対応した格好だ。この改修で、香ばしい連チャンが消え失せて、「どノーマル」に戻ってしまった機種も多い。
「某」チェーンのアポロンも、店によっては、完全に「ノーマル」状態に戻った。ただ、一部の系列店では、連チャンが生きているケースも見られた。
ただ、その「後期型」では、連チャン時の挙動が初期と違って、ビッグが4連以下で終わってしまったり、ビッグが減った分バケになったりするケースが、やけに増えた。あれは、自粛的に、中身を「マイルド」に変えたという事だったのだろうか…。
まぁ、いつもこう巧くは行かない訳で、万全の準備で狙い台に座っても、バケ地獄で連チャンに届かず、あえなく手持ちがパンクして退散した事もある。
そういう時は、「無かったことにしよう…」と思い、ハマリ台を手放してダッシュでシマから逃げ去り、なるべく記憶から消し去ろう、消し去ろうととするのだが、却って忘れられなくなり、夜も眠れないほど悔しがったりした。
こんな感じで、取りとめも無く書いたが、「アポロン」といえば、5連Verを追った記憶が、今もズップリと刺さっている。今後も、このアポロンネタは、懲りずに続けて行きたい。
バニーガール(オリンピア、2号機)
今回は、1988年(昭和63年)に※オリンピアから登場したパチスロ2-1号機、
「バニーガール」について、少々書いてみようと思う。
※オリンピアは現在、大手パチンコメーカー「平和」の完全子会社だが、
かつては独立したメーカーで、本機生産時、本社は沖縄にあった。
当時の社名は「オリンピア物産」で、沖縄本社1Fの工場から、
本土向けに本機を出荷した。翌1989年、「(株)オリンピア」に改称。
(同時期、本機の沖縄バージョンである右レバー台、「バニーガール7」も製造)
1992年、東京・台東区東上野に、新本社ビル完成。1998年、平和と業務提携。
その後、色々あって現在に至る。
(白パネル。「殿堂・上野店」にて撮影)
「初代バニー(ガール)」といえば、レトロなパチ・スロを好むファンであるならば、
大半の方がご存知であろう、まさに、昭和末期の「名機」的存在である。
自分は1990年のスロデビューだが、当時も引き続き「主戦」で活躍中だった。
下パネルの美女3人(上パネルは別の美女2人)。好みのタイプによる、
性格判断が可能(未確認)。自分は中央の娘がタイプ。
特徴的なサウンドと外観、そして奥深いゲーム性でファンの心をガッツリ掴み、
「オリンピア」の名を一気にメジャー化させた、言わずと知れた超・人気機種だ。
(洗練された赤い7図柄は、女性らしいスタイルの良さ、色気を感じさせた)
(下段7揃い…上パネルに描かれた「777」のデザインも素晴らしい)
それ故、本機に絡んだネット情報も、既に多く存在する。
(wikiにもあるし、実機の動画も多い)
当ブログがあらためて記事を作る事には、正直「今さら感」を感じていたが…
そうはいっても、私自身、現役時には本機との思い出が、色々とある。
それに、登場から30年近くも経てば、いわゆる「記憶の劣化」というヤツで、
基本的な機種情報なども、割と曖昧になりがちだ。
そこで、当ブログでまだ扱っていなかった本機について、
これを機会に、あれこれ書き連ねてみよう…と思った次第。
そんな訳だから、「まにあっく」の名前とは程遠い、基本的情報も多く含むが、
どうか、その点は御容赦願いたい。
ともかくも、本記事が、皆さんの「記憶の引き出し」を開ける、契機となれば幸いだ。
(1)音
私自身、「初代バニー」といえば、何をおいてもまず、甲高い「音」が記憶に刺さる。
「キュン、キュン、キュン」(ストップ音)⇒「ピュン、ピュン、ピュン」とも表現可
「ポワン、ポワン、ポワン」(ベット音)
「ピーピーピーピー」(ウェイト音)⇒左のインジケータが、赤から緑に上がるまで続く
「キキキキキ…」(クレジットが上がる音)
「ピュピュピュピュ…」(下皿へのコイン払出音)
(以下、繰り返し)
こんな具合だから、通常ゲームからして、賑やかな音の連続だった。
(上の「擬音」については、異論をお持ちの方もいるだろうが…)
妹分の2-2号機「スーパーバニーガール」も、私にとってかけがえのない「名機」だが、
「音のインパクト、衝撃」で言えば、軍配は明らかに「姉」の方に上がる。
REGの赤い「星」が揃うと(又はビッグ中のJACゲーム中)、まるで
「宇宙船の内部」にいるような、幻想的な電子音が流れた(「星」だけに…)。
旋律は、単調な「ドレミファソラ」の繰り返しだが、ややディレイの効いた音色は、
一種、不思議で独特なものがあり、耳に残り易かった。
そして極めつけが、「777」とビッグが揃った時の、「草競馬」の破壊的ファンファーレだ。
高確率のリーチ目が繰り返し出た後で、「鳴るぞ…」と判って構えていても、
鳴ったその瞬間に、心臓が反射的に「ドキッ」としてしまう程、インパクトは強い。
「思わず、腰が浮く」…ありきたりの表現だが、まさにそれがピッタリだった。
不意を喰らって飛び込みで鳴った時の衝撃たるや、ハンパではない。
あのファンファーレは、打ち手の心臓に、何らかの「ダメージ」を確実に与えたハズ。
(幸い、バニーのファンファーレ直後に急死、とのニュースは聞いた事がないが…)
待望のビッグをゲットして嬉しい祝福音だが、ちょっと「凶悪」な存在でもあった。
同時期、京楽のドットデジパチ「ダービー」も、当れば草競馬のファンファーレが鳴ったが、
「身体的ダメージ」のレベルでいえば、明らかに本機が「上」である。
(勿論、「ダービー」のファンファーレも大好きだった…。大当りBGMは「カルメン」)。
もし、初代バニーのブームが10年も続き、ビッグ時の「心臓ドキッ」を繰り返していたら、
今頃、心臓への度重なるダメージで早逝して、こんな呑気な懐古ブログなど、
書けなかったかもしれない。
まぁ、それは冗談として…
私にとっては、後に出た「ワイルドキャッツ」や「セブンボンバー」にも負けず劣らず、
衝撃度の強いファンファーレとして、今も心に残っている。
そんな「攻撃的」なファンファーレに続くのが、ハイテンポな「草競馬」のメロディだ。
(TBS「クイズダービー」のBGMにも使われた)
「驚き」を喰らった直後だけに、小役ゲーム中の軽快で耳慣れた旋律は、
何とも耳触りが良かった。
そういえば、草競馬のワンコーラスがちょうど終わる瞬間ジャックインさせたくて、
ジャックインゲームの第3停止ボタンのタイミングを、「音ゲー」っぽく狙ったりした。
成功すると、草競馬のメロディからジャック中サウンドへの「音の繋がり」が、
スムーズに行って気持ち良かったのだ。
因みに、4号機世代で初代バニーに縁遠い人でも、オリンピア4号機「ラスベガス」で、
中段チェリー付きビッグを出すと、約1/10でノーマルビッグがSPビッグに「昇格」。
昇格に成功すると、ファンファーレなど全てのBGMが、初代バニーの音に変わる
「プレミア」があったから、これらのサウンドに馴染みある方も多いハズだ。
(私も、現役時、ラスベガスを良く打った)。他にも、フルーツをAT(FG)で再現したり、
ズレ目を取り入れたりと、何かと初代バニー、スーバニを意識した作りだった。
そして、ビッグが終われば、「ゲームオーバー」を知らせる、甲高い電子音が鳴る。
こうなると、頭上のランプを押して、「店員リセット」を待つのが、当時の流儀であった。
こんな感じで、「音」の印象がやたら強かった本機。
他機種と比べても、基本音量が、「3~4ランク」程度は違ったハズだ。
よって、「客付き良し」のシマだと、高音けたたましい、「音の洪水」状態と化した。
店外に居ても、「あ、この店にはバニーがあるな」と、すぐ判るほどだった。
当時、小田急線・登戸駅前に「ラック」という小さなスロ屋があったが、
ある時期、初代バニーばかり入れていた事がある。
この店の前を通る度に、「キュン、キュン」「テテテテ」という例の電子音が、
中から盛んに聞こえた。これが、当時の駅前の「風物詩的」な光景だった。
そういえば、この事実を証明するに相応しい、一つの映像がある。
以前にも紹介した、コチラの「ライル動画」だ。
https://www.youtube.com/watch?v=jeMeYb_dsow
Youtubeの「90年代・神動画」投稿者、ライルさんが、1990年(平成2年)の
「上野・御徒町」界隈の夜の光景を捉えた、貴重な映像である。
この動画の3:34~4:22辺りで、バニーガールを設置するスロ屋の映像が出てくる。
ライルさんが店に近づく場面を見ると、まだ入店してもいないのに、
初代バニーの騒がしい電子音が、表通りに聞こえているのがお判りだろう。
因みに、映っているのはJR御徒町駅近く、ガード下のスロ屋「アドベンチャー」。
当時、この店は、登戸の「ラック」同様、初代バニーのみを置く「バニー専門店」だった。
(他にも、バニー専門のスロ屋は多かった)
設置台数が67台。換金率は「7枚交換」で、設置台は、全て「青パネル」のバニー。
そして、ご覧の通り、「ほぼ満席」状態。時間帯もあろうが、大変な繁盛ぶりである。
僅か1機種の設置(当時なら普通)でも、これだけの「熱気」があった事を再確認できる。
いかにも「バニー専門店」らしい喧騒だが、打ち手にとっては却って気持ち良かった。
台とアツく対峙する若い客の様子からも、それが判るだろう。
ディスコ調の派手なライティングも、打ち手のテンションを異様に盛り上げている。
だが、これは、あくまでも「繁盛店」に限っての事である。
たとえバニーがズラリと並んでいても、肝心の客が全くいなければ、
何とも静かな、「お通夜」状態になってしまう事は、言うまでもない。
当時、マイホだった新宿・歌舞伎町でも、ちょうど、そんな感じの店があった。
具体的な店名を挙げるのが、ちょっと憚られるが…もう時効なので、構わないだろう。
中央通り(現・センターロード)で、派手なネオンを掲げた「パチンコ747」(地下)と、
歌舞伎町一番街(喫茶「上高地」隣り)の小さなスロ専、「ニュープリンス」である。
この二店舗は、「末期状態」の1992年頃まで初代バニーを置いていたが、
ハッキリ言って、末期はシマに寄りつく者も皆無で、「閑古鳥状態」であった。
ここで一人寂しくバニーを打つと、自分の台のストップ音が、シマや店中に鳴り響く。
この状況では、「騒々しい」というよりも、一種の「虚しさ」や「無常観」さえ漂った。
一方、同じ歌舞伎町でも、西武新宿駅前「日拓1号店」2Fのバニーは、割と出していた。
しかも、4シマある中で、ランダムに1シマだけを、固めて出した時期がある。
設定師の「クセ」だろうが、ある台が出始めると、同じシマに客が集まる傾向があった。
なので、同じバニーでも、コチラのシマは騒がしいが、他のシマはヒッソリ…。
この店では、そんな特徴的な実戦風景が、一時期、垣間見られた。
つまりは、店の状況で、バニーが発する音の「趣」も、ガラリと変わったのである。
おっと、「音」の記載で、かなりの分量を割いてしまった…。
これでは、最後まで行きつく前に、当方のエネルギーが切れてしまう。
ただ、本機で一番強調したいのが、「音」に関する部分であった。
ここからは、出来るだけ「ほどほど」の分量にとどめて、先に進みたい。
(2)モーニング
優先すべき情報は他にも多くあるが、私にとって初代バニーとは、
「初めてモーニングを取った」という、思い出深い存在である。
その店だが、小田急線・向ヶ丘遊園駅北口の「銀座ホール」。
実は、初代バニーと記念すべき「初遭遇」を果たしたのも、この店であった。
銀座ホールは、名称を(GINZA S-style)と変えて現在も営業中。
但し、上下2フロアある今とは違って、当時はまだ1階しかなかった。
メインストリート(区役所通り)側は、デジパチ、ハネモノ、一発台などが並ぶ。
一方、駐車場側の裏口に回ると、スロットと一発台のシマがあって、
スロットシマには、初代バニー(白パネ)と、リバティベルIII(青パネ)があった。
因みに、景品カウンターも、スロットシマの前にあった。
当時、この店は、スロの客寄せで「モーニング」サービスがあり、設置台の幾つかに、
予めビッグボーナスを仕込んでいた。それを狙いに、毎朝、裏口前に行列ができた。
当時、学生だった私は、最寄り駅から各駅停車で向ヶ丘遊園まで出ると、
そこで急行に乗り換えて、終点の新宿まで出る通学ルートをとっていた。
だが、遊園のホームに降りた時、一種の「引力」にやられてしまうと、
そのまま改札を出て、駅周辺のパチ屋にシケ込み、講義をサボる…
なんて愚行を、頻繁にやっていた。
(遊園に限らず、登戸や下北沢など、数々の途中の駅で引っかかった)
それが、ちょうど朝の開店前だと、そのまま、モーニングの列に加わったりもした。
同時期、自分の最寄り駅に近いパチ屋「L」のスロは、ビッグパルサーと
初代アラジンだったが、モーニングが入る事は、ほぼ無かった(新装時、稀に入れた)。
コチラは駅前にパチ屋一軒だったので、「殿様商売」の感覚だったのだろう。
ある時、いつも通り「銀座ホール」のモーニングに並び、たまたまバニーに陣取ったら、
その台にモーニングが入っていた。これが、私の「初モーニング」となる。
(因みに、この店はスロのシマの照明が暗くて、リールライトに赤7が映えた)
店によっては、一台目がダメなら隣、それがダメなら次と、「カニ歩き」でモーニングを
探す事もできたが、当時の銀座ホールは並びが多く、スロは朝から満席に近かった。
それに、店員チェックが割と厳しく、コイン3枚で隣に移動するのも難しかった。
だから、最初に座った台がダメだと、諦めて退店する事も多かった。
そんな状況で、自分の台にモーニングが入っていると、一寸した優越感もあった。
ただ、「午前11時まで、ジェットカウンターに流せない」という嫌なルールにより、
モーニングを引いた後も、そのまま打ち続けないといけなかった。
(台放置で時間待ちなどすれば、店員呼び出し後に、片づけられるのがオチ)
結果、そのまま360枚が呑まれてチョン…というパターンも、割と多かった。
余談だが、この店がモーニング台に高設定を入れる感じはなかった。
(近くにあった2つの系列店(ニューギンザ、スター)でも、同じ印象を受けた)
だから、「モーニング⇒即ノマレ」の展開も、ごく普通の事と捉えていた。
(寧ろ、モーニングの入らなかった台を追って、高設定を探す立ち回りも出来た)
ともかくも、都内・神奈川のあちこちでモーニング並びをした自分にとって、
「生涯初のモーニング」が本機だった事は、今も記憶に刺さる。
(3)筐体カラー
「白、青、赤」の3色が存在。当時、自分のテリトリーでは「白パネル」が多かった。
青パネルもちょいちょい見かけたが、赤パネル設置店の記憶が弱い。
(大阪の「ローズガーデン」に飾られていた「展示台」は、赤パネル)
(白パネル)
(青パネル) (赤パネル)
(4)ボーナス確率
機種情報の「基本」だから、入れない訳にはいくまい。
ご存知の通り、本機は「Aタイプ」であるが、
2号機ならではの「小役の集中」(フルーツゲーム)も搭載。
Big Reg
設定1 1/346.2 1/381.4
設定2 1/312.5 1/346.2
設定3 1/296.1 1/326.1
設定4 1/267.9 1/296.1
設定5 1/247.3 1/274.4
設定6 1/236.9 1/236.9
★小役の集中(フルーツ)当選率
設定1~5=1/225.2 設定6=1/155.3
(註)
小役の集中には、ロング継続の「60G集中」と、短い「5G集中」がある。
どちらを引くかは、内部状態(天国/地獄)毎の振り分け(設定差アリ)次第。
詳しくは後述。天国時は「60G」を引き易く、地獄だと「5G」を引き易い。
(5)払い出し表
ビッグは「赤7」。REGは「星」。
15枚のベルと青リンゴは別フラグ。
8枚のプラムとオレンジも別フラグ。メイン小役はプラム。オレンジはあまり出ない。
チェリーは2連チェリーが6枚、単チェリーが2枚。
「プラム」と「(カド)2連チェリー」は共通フラグ(8枚)。よって、2連チェリーも良く出る。
(5)リーチ目、ズレ目
当時、バニーを打ちに通った店の中には、いわゆる「リーチ目表」を貼る所もあった。
件の「銀座ホール」にも貼ってあった訳だが、全て「BR成立後のリーチ目」だった。
以下は、その時のリーチ目表を、記憶と資料を頼りに再現したもの。
(便宜上、番号を振ってある)
初心者時代は、割とこの表を頼りにして、本機を打った記憶がある。
だが、形によっては「ガセる」事もあったし、、実戦時は成立前のフラグ察知が
大切だったから、これだけでは不十分だった。
まず、左上の①。チェリー付き7の右下がりテンパイは、
通常時(単チェ成立時)も出るので、100%のリーチ目ではない。
但し、ボーナスフラグ成立後は、単チェ確率がアップする為、
ビッグの場合、この形が頻繁に出るようになる。
特に、中リールの7がスベッて右下がりテンパイした場合、
ビッグ成立の可能性が極めて高い。
なお、以上の理屈は、下の②についても同様である。
③のチェリー付き中段ベルは、超・高確率でビッグが入っている。
左上段が星なら、バケが入っている。
④、⑤の「中段チェリー付き星」のベルハズレ目も、ほぼボーナス。但し、バケ。
右下、⑥の「中段プラム」は、ほぼビッグ確定。但し、出現率は高くない。
左上段に星があると、ほぼバケ確定。
概していえば、ボーナス成立後は、「中段に小役が揃い易い」制御に変わる。
なので、上記リーチ目以外でも、「中段オレンジ」や「中段リンゴ」がリーチ目になった。
(一部、例外アリ)
ただ、上記リーチ目を覚えるのみでは、立ち回る上で「十分」とはいえなかった。
(払い出しのある形で放置する客など、ほとんどいない)
こうした「払い出しのある目」よりは、むしろ「ズレ目」の存在が大きかった。
簡単に言うと、ズレ目とは、「左⇒中」又は「左⇒右」とリールを止めた場合、
何の図柄もテンパイしていない状態を指す。その他の変則押しも含めれば、
第二リール停止時、何もテンパイしていない事。
本機は、ボーナス非成立時、何らかの図柄を第2リールでテンパイさせようとする、
いわゆる「テンパイ制御」が働く。
テンパイ図柄には「優先順位」があって、BR>15枚>8枚の順でテンパイ。
(例えば、青リンゴよりプラムを優先テンパイさせた形は、ボーナスのチャンス)
一方、ボーナスが成立すると、この制御が崩れて「ズレ目」が頻繁に出る。
つまり、「払い出しアリの目」よりも、ズレ目によってボーナスを察知し易かった。
ここで、典型的なズレ目を紹介しよう。
順押しでテンパイする筈の(4コマの引き込み範囲にある)図柄が中リールでズレれば、
ボーナスの期待度が大幅アップ。右下は、「ハサミ打ち」の典型的ズレ目。
但し、ズレ目出現時は、あくまでも「期待度アップ」に過ぎず、
ズレ目が出たからと言って、100%ボーナス成立(鉄板)ではなかった。
即ち、本機には「ガセズレ目」も存在する。
ガセズレ目の要因は、「引き込みの悪い小役の取りこぼし」である。
(妹分のスーバニにも、小役こぼしによるガセズレ目が存在)
では、本機では、どの小役を取りこぼす可能性があったのか。
今さらだが、リール配列を見ながら、あらためて検証してみよう。
既述の通り、本機の小役は、単チェリー(2枚)、連チェリー(6枚)、
プラム(8枚)、オレンジ(8枚)、青リンゴ(15枚)、ベル(15枚)の計6種類。
「プラム」と「オレンジ」、「青リンゴ」と「ベル」は、払い出しが同じだが、別フラグ。
「プラム」と「(カド)連チェリー」は共通フラグで、8枚の払い出し。これがメイン小役。
まず、「単チェリー」(2枚)について。左リールのチェリーは「2つ」(3番、13番)。
よって、適当押しでは左で取りこぼす可能性アリ。
「プラム」(8枚)も左に「2つ」。適当押しでは左で引き込まない事がある。
(中・右リールのプラムこぼしは無し)
但し、左でプラムをこぼす位置でも、配列上、必ずチェリーを引き込める。
プラムとカド連チェリーは共通フラグ(8枚)だから、左の取りこぼしは無い。
また、中リールのチェリー引き込みは100%なので、左にカドチェリーが停止して、
中リールで連チェリーをこぼす可能性は無い。
また、左でカドチェリーをこぼす位置でも、配列上、必ず「プラム」を引き込める。
つまり、
共通フラグ(8枚)成立時は、左をどこで押しても、プラムか連チェリーが取れる。
一方、プラムと別フラグの「オレンジ」(8枚)は、左リールが3~5コマおきに「5つ」。
配列も均等で、左での取りこぼしは無い。
中リールには「1つ」しかないから、適当押しだと中はこぼし易い。
右リールは、ほぼ3コマおき(1か所のみ4コマおき)にあるから、こぼしは無い。
15枚の「ベル」は左に「2つ」のみ。どちらも、下にチェリーが付いている。
リーチ目となる「中段チェリー」を嫌う制御も絡んで、左での取りこぼしアリ。
中・右リールは、こぼしが無い。
同じく15枚(別フラグ)の「青リンゴ」は、左リールに「5つ」。だが、配列の偏りと、
チェリーを嫌う制御で、左に取りこぼしポイントあり。
中リールには「1つ」だけで、中は取りこぼし易い。
また、右も1か所、こぼしポイントあり(右の18~4番が、8コマ離れている)。
こう見ると、8枚役の「共通フラグ」(プラム/カド連チェリー)以外の全小役が、
どこかのリールで取りこぼす可能性を有する。
必然的に、「ガセズレ目」の出現率も、それなりに高くなっているのだ。
あえて、こういう配列にする事で、ズレ目によるゲーム性を高めた、ともいえる。
また、上記配列を見れば、順押しよりも、ハサミ打ちの方が、ズレ目の信頼度が
高い事も判る。ただ、当時の自分は、経験不足もあったが、初代バニーでは
ごく普通に順押しする機会が多かった。
(妹分のスーバニでは、明らかに「ハサミ打ち派」へシフトしたが…)
先程の「ライル動画」を確認すると、やはり大半の客が、順押しで遊技している。
特に、中リールは配列上、「オレンジ」と「青リンゴ」を引き込みづらい。
ただ、通常時のオレンジ確率は1/200で、青リンゴも1/1000と激低だから、
コボシによるガセズレ目を意識する必要は、あまり無いようにも思えるが…
実は、青リンゴの確率には、本機ならではの「カラクリ」がある。
メインの8枚役のヒキが悪かったり、ベル・単チェ・オレンジをこぼしたりして、
小役カウンターが一定値まで達すると、通常1/1000だった青リンゴの確率が、
「約42%」の数値まで上昇する。いわば、「小役払い出しの救済機能」である。
青リンゴの確率アップは、小役カウンターが一定値を切るまでの間、ずっと続く。
つまり、展開によっては、「高確率状態」を暫くキープする事もあったのだ。
この時、適当押しだと、「約42%」の高確率で青リンゴが頻繁に成立しても、
左・中でこぼしまくって、ガセズレ目が連発し易くなる。
特に、上記検証で明らかな通り、青リンゴは、全リールに「こぼしポイント」がある。
結果、リンゴこぼしのガセズレ目が頻発したのを、ボーナスのズレ目と勘違いして、
自然とアツくなる…という訳だ。全くもって、「よくできた台」である。
因みに、単チェリーは、ボーナス成立中、青リンゴと同様に「確率アップ」が起こる。
BR成立時は、小役カウンター値がグンと加算される仕様で、その結果、
カウンターが一定値を超えると、通常1/37のハズの単チェ確率が、
約1/1.64(61%)にアップ。普段出にくい「下段単チェリー付き7テンパイ」も、
頻出するようになる。
ゆえに、連続してチェリー付きの7テンが出れば、ビッグの期待が大。
但し、単チェは通常時にも出るので(1/37)、チェリー付7が右下がりにテンパっても、
スベってテンパイしていないと、只の単チェでガセることもあった。
それから、本機は「REG終了直後、青リンゴが揃い易い」という特徴を持つが、
これも、ボーナス成立中の確率アップ(カウンター値への加算)が成せる業である。
つまり、小役カウンター値が大幅に上がったままREGを揃えると、
REG終了後もカウンター値は高いままとなって、青リンゴが「42%」で抽選される、
高確率状態になっている。だから、バケ後は青リンゴが揃い易い訳だ。
但し、ビッグ終了後だと、小役カウンター値は初期値にリセットされてしまう為、
リンゴ高確状態とはならない。
あくまでも、ボーナス後のリンゴは、バケのみの「特典」である。
(6)小役の集中(フルーツゲーム)
本機の大きな特徴の一つが、2号機特有の「小役の集中」(フルーツゲーム)である。
(妹分のスーバニにも引き継がれた)
フルーツに入ると、メイン小役の「8枚役」(プラム/カド連チェリー共通)の確率が、
1/8.7から3/4(75%)にアップ。連続して、これらの8枚役が揃うようになる。
但し、フルーツには「60ゲーム継続」と「5ゲーム継続」の2種類があって、
後者の場合、純増は平均15枚程度で、ほとんどコインは増えない。
(それでも、投資節約には貢献)
一方、60G継続だと、「約180枚」のコイン増加が見込めた(8枚役のヒキで増減)。
両ボーナスの出玉の波に、さらに一味加える、絶妙な役であった。
一気には増えないものの、ジワジワ下皿に貯まる展開が、安心で心地良かった。
フルーツ当選率は、設定1~5が「1/225.2」、設定6のみ「1/155.3」と高い。
両ボーナスの出現率と共に、フルーツの回数で設定6を読む事も可能だった。
では、60ゲームと5ゲームの振り分けは、一体どうなっていたのか。
これは、内部の「滞在モード」によって、大きく異なる。
本機には、フルーツゲーム判定用の内部モードが、2つある。
これを「天国モード/地獄モード」とすると、天国中は60Gを、
地獄中は5Gを選択し易い仕様になっている。
では、「モード切替」の継機は何か。切替抽選は、毎プレイ必ず行われたが、
天国/地獄のどちらも、現在の滞在モードから移行しづらい特徴があった。
天国滞在中は、毎ゲーム「1.85%」の確率で、地獄モードに転落。
(ゲーム数を重ねれば、自力転落も大いにアリ)
一方、地獄滞在時のモードアップは、毎G「0.01%」(1/10000)という超・低確率。
(ほぼ、自力モードアップは無理)
但し、ビッグ終了後は、必ず「天国モードスタート」となるので、
ビッグ直後のフルーツは、60ゲームを選択し易い特徴があった。
但し、設定差もあり、天国時は設定1~5が90%、設定6が70%で60Gを選択。
(残る「10%or30%」を引いてしまえば、5Gで終わる)
設定6は、天国中でも3割の確率で「5G」を引く。これも、設定判別の要素となった。
同様に、地獄モード滞在時も、5G/60Gの振り分け率には設定差が存在。
設定1~4が90%、設定5が85%、設定6が75%で5Gを選択する。
高設定ほど、地獄時の5Gを回避し易い。やはり、設定看破の材料になった。
つまり、ビッグ後は、回せば回すほど地獄転落が濃厚となり、5G集中を引き易い。
一方、ビッグ後は天国確定でも、地獄滞在時とは違って、「1.85%」の現実的な値で、
毎ゲーム転落抽選がある。やはり、ある程度回せば、地獄モードに転落し易い。
要するに、本機では「地獄モード」にいる時間が、非常に多かった訳だ。
唯一の救いは、ビッグ後必ず天国に上がっている事だが、低設定だと
ビッグそのものが引けずに、天国に上がる契機も減ってしまう。
まぁ、そんな状況ではあったが、実戦時に面白かったのは、ビッグ後、
さほどハマっていない状況で、8枚役が続けて揃った瞬間であろう。
プラム(連チェ)が2回続いた程度でも、割とドキドキしたものだ。
3連続しようものなら、期待度&テンションはさらにアップ。
(自力3連のケースも、稀にあったが…)
そして、フルーツ当選を確信したら、最初の8枚役から6ゲーム目が、
まさに「運命の瞬間」だった。ここで、プラムや連チェが落ちれば、
60G当選の可能性が飛躍的にアップするからだ。
それゆえ、6G目にプラム(連チェ)が落ちた高揚感は、結構なものがあった。
しかし、その6G目が「自力プラム」の場合もあり、スカされたショックはデカかった。
まぁ、天国滞在時でも、薄い確率で5Gを引く事はあったし、ビッグ終了後、
数Pで薄い「1.85%」を引いて、速攻で地獄に落ちるケースもあったから、
常に、油断は出来なかった(あまりにも天国時の5Gが多いと、設定6を疑った)。
ところで、フルーツゲーム中にボーナスを引いた場合、一体どうなるか。
バケであれば、終了後、フルーツが「復活」するから、問題はない。
問題は、「ビッグ」の場合である。
ご存知の方も多いだろうが、フルーツの途中でビッグを揃えてしまうと、
残りのフルーツゲームは、全て「フイ」になってしまう。
特に、フルーツ前半で飛び込みのビッグを喰らうと、かなり勿体ない。
これを避けるべく、フルーツ中にビッグが入ったのを確認したら、
残りのフルーツを全消化してから、ビッグを揃える「小技(中技)」があった。
「フルーツ完走」の手順は、割と単純だ。
フルーツ中、ビッグ成立を察知したら(払い出しアリのリーチ目などで)、
左リール上段に、「下段チェリー付きの7」を狙う。
そのまま「7・ベル・チェリー」が止まったら、順押しで中リール上段に7を狙う。
すると、「赤7とチェリーの平行テンパイ」の形で止まる。
この形になったら、右リールの7さえ外せば、連チェリー(8枚)の払い出しがある。
(7を狙うと、そのまま揃ってしまう)
よって、右リールは、「赤7が通過した直後」のタイミングで止めれば良い。
その後は、左・中で連チェリーが出なくなるまで、上記の手順を続ければOK。
(下図を参照)
※説明不要とは思うが、上記フルーツ完走法の要領は、妹分のスーバニにも使えた。
但し、手順は全く異なる。スーバニの場合、左下段にプラム付きのSUPERが止まったら、
「ハサミ打ち」にして、右リールはSUPERが通り過ぎた直後に止める。
結果、左右中段にプラムがテンパイしたら、8枚役が成立していれば、
中適当押しでも、勝手にプラムが中段に揃ってくれる。
(7)連チャン
本機に、露骨な「裏〇ノ」が出回ったという印象は無い(地域によってはあったかも…)。
ただ、それまでマッタリとした出方のバニーが、いきなりのBR連打で豹変する展開を、
現役時は幾度も味わった。これに60Gフルーツが絡めば、あっという間に
ドル箱満タン、それ以上出てしまう事も多かった。
逆に、好調でタップリ溜まっていたコインが、いきなりハマリ⇒バケの連発で、
全ノマレの「撃沈」を喰らう事もあって、ノーマルとされた割に「波荒」の印象も残る。
要は、「出たらヤメれば良い」だけだが、普段のゲーム性が面白いだけに、
ついつい打ち続けてしまう、独特の「魔力」があったと思う。
「魔力」といえば、1992年(平成4年)に民放で深夜放映されたドキュメンタリー
「コインの魔力777」で、初代バニーを打つ女性スロッターの姿があった。
ややふくよかな、メガネのアラサー女性が、東京・成増「成増会館」でバニーを打ち、
割といい感じで出ていた(タイトル場面でも、バニーの7揃いの映像が使われた)。
ただ、彼女の立ち回りは、正直、かなり「ウザい」印象だった。
ビッグが揃った瞬間、「やった~!」と叫び、台を放置したまま走り去ったり、
仲間がいるシマにしょっちゅう顔を出しては、空き台に陣取って会話をしたり、
カメラにピースサインしてみたり、下皿から足下の大箱にコインをジャラジャラ
音を立てて落しとたりと、「近くにいたら、煩わしい事この上なし」であった。
その日、彼女は大箱2つ(4000枚越え)の大勝ちを飾った。
確かに、自分の記憶でも、ウザイ客ほど、よく勝っていたものである。
(8)ホントの「バニーガール」がいた、バニー専門店
先程も書いたが、当時は本機のみ置く、「バニーガール専門店」も多かった。
そんな中、本機のみを置き、さらに「本物のバニーガール」が出迎えるという、
男性スロッターなら誰もが喜びそうな、名物スロ屋も存在した。
東京・浅草の公園本通りにあった、「浅草国際(ゲームセンター)パート3」である。
閉店後、シャッターが降りたままずっと残っていた、「浅草国際P3」跡地
(2011年撮影。その後、このビルは取り壊しとなり、現在はコインパーキングに)
この過激なスロ屋は、女優だった美人店長をはじめ、「全従業員が若い女性」という、
大きなウリがあった。シマを回る店員達は、黒や豹柄のボディコン姿である。
必然的に、店内は、噂を聞いて集まった、「下心タップリの男性客」で溢れた。
さらに、景品カウンターには、本物のバニーガール姿の女性もいて(金髪女性もいた)、
まさに、「バニーガール専門店」の名に違わぬ様子が、大きな話題になった。
(系列店(P1、P2)にも、設置台は違うが、バニー姿のカウンター嬢がいた)
「浅草国際P3」で、初代バニー(白パネル)を打つ、バニーガール店員(白)
V-ツイン2(ニューギン、ハネモノ)
1991年(平成3年)にニューギンから登場した、新要件ハネモノ「V-ツイン2」
★賞球数…5&8&10
(オトシ、ヘソが5個、ヤクモノ内が10個、その他が8個)
★最高15ラウンド継続
(但し、各ラウンドでVに入らないとパンク)
当時、ウネウネしたヤクモノ内部の動きを見て、ニューギン開発陣の発想力が何気に
凄いと思ったり…。西陣のハネモノには定評があったが、ニューギンも負けていなかった。
本機は、4年前に当ブログで紹介したハネモノ、「大和撫子」の兄弟機(登場時期は一緒)。
ヤクモノ構造は共通(色は違う)。賞球は本機の方が少ない(大和撫子は「7&9&15」)。
また、大当り中のヤクモノの動きも、両者は色々と違いがあった(⇒後述)。
全国的な知名度や設置台数では、大和撫子よりも、本機の方が上だったと思われる。
但し、自身の「活動エリア」でいうならば、新宿・歌舞伎町の「オデヲン」や新宿・西口
「アラジン」には本機があったし、新宿・西口大ガード「ニューミヤコセンター」や
高田馬場「ダイナム」には大和撫子があったから、設置状況に違いは感じなかった。
4年前は、本機のネット情報が複数存在した一方、大和撫子に関する情報が
ほぼ皆無だった為、あえて、知名度の低い大和撫子の方を取り上げさせて貰った。
ただ、その記事では、両機の大きな特徴だった「ダブル(連チャン)」について、
一言サラリと触れたのみだった。今回は、連チャンについても、少々掘り下げて記したい。
因みに、本機が出回った’91年秋に、ニューギンが出した広告がコチラ。
91年当時は、いわゆる「(平成)新基準機」初期。デジパチの最高継続ラウンド数が
旧要件時代の「10R」から「16R」に、ハネモノは「8R⇒15R」に、それぞれ増えた。
また、賞球数についても、最大「13個戻し」から、「15個戻し」に変更された。
一方、デジパチの「オマケチャッカー」が明確に禁じられ(従前もNGだったが、実際は「黙認」)、
出玉の「画一化」も起こった(オマケの調整次第で、出玉に差がつくのが面白かったが…)。
尚、上記広告では、本機の他、ミラクルエキサイト2(デジパチ、3・7当りで小デジ確変)、
ダブルエース(7セグと回転盤を使った2回権利)、スターマイン3(蛍光管を採用、
保留連チャン機)、ニューロードダンサー(車のヤクモノを使ったハネモノ)を掲載。
キャッチフレーズは「遊気凛凛(ゆうきりんりん)」(勿論、「勇気凛凛」に因んだもの)。
(ゲーム性・通常時)
・左右オトシ入賞で1回、センター(ヘソ)入賞で2回、ハネが開放。
・ハネに拾われた玉は、ヤクモノ上段奥、左右穴から下段に落ちる。
・下段には、階段状の黄色い可動体が、縦に7本並ぶ(大和撫子は、竹を意識した「緑」)。
・階段は奥が一番高く、手前が一番低い構造。
・階段は、奇数列4本(左から1、3、5、7番目)と偶数列3本(2、4、6番目)がセット。
・階段は、奇数列・偶数列が、それぞれシンクロしている(上下動を伴って回転)。
・下段に落ちた玉が階段に乗り、巧く「一旦貯留」されれば、大当りのチャンス。
・ハネ開閉時、階段は「前方回転(順回転)」している為、一時貯留された玉は、
手前(下方)に向う。
・手前中央の「FIRST」と書かれたVゾーン(初当り用)に入賞すれば、大当り。
・但し、V手前に設けられた「小突起」が、V入賞を妨害。
・階段に乗るか否かは、ヤクモノ入賞タイミングの他、各台の「クセ」によっても左右。
・Vの主なパターンは、4本目(中央)の階段に乗った玉が、真っ直ぐ手前Vに転がる時。
(但し、件の小突起に邪魔される事も、少なくなかった)
・また、Vの手前で、2、3本目や5、6本目の階段に跳ね返って、Vに入る事もあった。
・こうしたV入賞率にも、台毎の「クセ」が存在した。クセ悪台を追うのは危険。
・賞球や大当り時の出玉が少ない分、当初は甘釘調整され易い「利点」もあった。
(賞球の多い大和撫子は、最初から釘がキツかった印象が強い)
・但し、「ダブル」狙いの客が増えるとシブ釘化が進み、早めに撤去する店もあった。
(ゲーム性・大当り中)
・大当り中BGMは、「マンボNo.5」(同時期に出たスロ3号機「リノ」も、同じサウンド)
・大当り中、階段は基本的に「後方回転」する為、貯留玉は奥(上方)に送られる。
・ヤクモノ入球数で玉の方向が上昇⇔下降と変わる大和撫子と違い、基本的に上昇のみ。
(大和撫子も、8カウント後は上昇のみ)
・但し、6、12ラウンドは、「前半(3カウントまで)下降、後半上昇」の動きに変わる為、
貯留機会が減ってパンクが起こり易い(大和撫子とのゲームバランスを考えた仕様?)。
・階段で上方に送られた玉が、最上部奥のVゾーン(継続用)に入れば、次Rに進む。
・機種名(Vツイン)が示す通り、Vゾーンが上下に2つ存在(上が継続V、下は初当りV)。
・大当り中、手前の初当りVは単なる「ハズレ穴」と化すが、ダブル発生時は事情が異なる。
・6、12R以外のラウンドでは、1カウントまで階段が玉を下に送る「順回転」の動きだが、
1カウントでゆっくりした後方回転に切り替わる。7カウント後、階段の速度がアップ。
・こうした階段の動きによって、貯留玉のアクションも種々に変化。
・上昇中、玉が隣のレーンに移動したり、階段の動きや玉突きによって、
階段からこぼれ落ちたりする事も多かった(台のクセも大きい)。
・ハネに拾われた玉が必ず貯留されるとは限らず、入賞タイミングや台のクセ次第。
・ヤクモノ10カウント後、又はハネ18回開閉後、大当り動作は一旦終了(⇒仮パンク)。
・但し、ヤクモノの階段は、仮パンク中も玉を上部に送り続ける。
・階段の貯留玉が、そのまま上部Vゾーンに入れば、仮パンクは無効となり、Vは継続。
・継続用Vは幅広で入り易く、階段の中心付近に貯留があれば、容易に入賞。
・仮パンクは、最終Rを含む全Rで発生。ここでチャッカーに入れば、ダブルのチャンス。
・但し、1~14Rでは、確実に継続しそうな貯留のある状態で、10カウントで仮パンクが
起こり、さらにチャッカー入賞もあると、上のVに入るべき貯留が、運悪く落下してしまう。
よって、最終ラウンドを除き、貯留状態が良い場合は、8カウント後で「止め打ち」を行い、
確実に貯留を上のVゾーンに入れて継続させた方が、得策となる。
一方、最終ラウンドは別の止打ち(⇒後述)を使って、積極的に「ダブル」を狙うべき。
(本機のダブル(連チャン)について)
・新要件・初期ハネモノの一部は、各ラウンド終了時に、上述の「仮パンク」が発生した。
(仮パンク…大当り中、18回のハネ開放や10カウントを機に、大当りが一旦パンク。
但し、その直後にVに入れば、パンクは無効となり、大当りも継続。)
・当時、三共の台は仮パンクするものが多かったが、本機など、他社にも一部存在。
・仮パンク中は、大当り中にも拘らず、始動チャッカーの入賞信号を受け付けた。
・この時、チャッカー入賞して、たて続けに貯留がVに入れば、再び初回(1R)からスタート。
・つまり、貯留がある状態で仮パンクすれば、ダブル(連チャン)のチャンスとなる。
(特に、最終ラウンドはこの条件を満たし易く、「純正ダブル」のチャンス)
・本機は、最終Rを含む全Rの「10カウント後」or「ハネ18回開閉後」に仮パンクする。
・ヤクモノ内の階段は、仮パンク時も玉を上昇させる動きを続ける。
・だが、仮パンク中にチャッカー入賞すると、階段は「通常時と同じ動き」に変化。
・即ち、玉を「上昇」させる動き(逆回転)から、「下降」させる動き(順回転)に切り替わる。
・こうなると、階段の貯留玉は落下するが、手前側の「初当りVゾーン」には入り易くなる。
・ここで、「チャッカー入賞⇒貯留が初当りVに入賞」だと、1R目からスタート(ダブル)。
・したがって、本機のダブルは、「1~15R」の全ラウンドで起こる可能性アリ。
・なお、ダブル発生の要因は、あくまで下の「初当りVゾーン」であって、最上部の
継続用Vは無関係(仮パンク中のチャッカー入賞で、上部Vゾーンは「ハズレ穴」と化す)。
・特に、階段上部に貯留があると、初当りVまでの距離が遠い分、チャンスタイムも増える。
・こうしたハネモノの「ダブル」は、旧要件時代にも幾つか存在。
・例えば、西陣「スーパーブラザース」は、大当り動作の終了直後、縦型回転体の
磁石に付いた玉がタイミング良くVに入れば、どのラウンドでもダブルが発生した。
・また、平和「ザ・トキオ」は、7ラウンド目に意図的にノーカウントエラーを起こした後に
自力解除すれば、ヤクモノのタワーが正面向きで停止して大当りが終わる為、
次回大当りが楽勝となった。
・こうした旧要件機の「ダブル」と比べると、新要件初期のダブルは、仮パンク中の
始動チャッカー入賞が条件となるなど、一瞬の偶然性に頼る部分が非常に強かった。
・そこで、新要件のダブルを「ニセダブル」「自力連チャン」と呼び、区別する事もあった。
・但し、本機はチャンスタイムが他機種より長く、賞球が少ない分、甘釘も期待できた為、
ダブル発生の機会も必然的に増えた。
・さらに、最終ラウンドでダブルを狙う「小技」も存在。15R目は8カウントで打ち出し停止。
ハネが17回目の開放を行う直前、打ち出し再開。18回目のハネ開閉時に10個目の玉を
拾えば、仮パンク中のダブルが起こり易くなる。後は、仮パンク中にチャッカー入賞して
(これは狙えない)、階段から落ちた貯留が下の初当りVに入れば、再び1Rからスタート、
ダブル獲得となる。
・以上のダブル(現象)は、兄弟機の大和撫子でも、同様に発生する。
※現在、Youtube上には、本機の実機動画が複数存在する(リンクは自重)。
特に、微妙な動きが掴みづらい「ヤクモノ階段を接写」した貴重なものもあり、
記事作成において重宝した。あらためて、動画をアップされた方々に感謝したい。
マンハッタンV(三洋、権利モノ)
今回は、1992年(平成4年)に三洋から出た、2回権利モノ「マンハッタンV」について。
おっと、これは、マンハッタン違い…
(2005年の福岡旅打ち時に、西鉄・福岡駅前「マンハッタン」の看板を撮ったモノ。
スロのペガサスワープ、ムサシ、V10などを目当てに行ったら、見事に撤去済みだった。
結局、あの日は西新まで出て、「ワンダーランド西新店」の「(初代)鬼浜爆走愚連隊」で
粘り倒して何とか1箱出したのだった…)
正しい画像は、コチラ。
三洋「マンハッタンV」
(1992年登場。新要件機・2回権利)
うーむ、あまりに懐かしくて、涙が出そうだ…。
現役当時、小田急線・向ヶ丘遊園駅北口のパチ屋、「ニューギンザ」で、コイツとはよく対戦した。
足繁く通った店だから、本機のあったシマの位置まで、今でもハッキリ覚えている。
メインの入口から見て一番右奥、背中合わせで2シマ並んでいた。
元々、このシマには、同社の先行機「ニューヨーク」(2回権利、1991年)と、三共の一発台
「ターゲットI」(1989年)が1シマづつあったが、92年夏頃に本機と入替となったのを機に、
この店の「一発台と(新要件)権利物の共生」が、遂に終焉を迎えた経緯がある。
私は、三共ターゲットが何より「大好物」だったので、比較的長く置いていたこの店から
ターゲットが外された時は、少なからずショックを覚えた。
(100円でV穴ゲットするなど、かなりお世話になった台)
ただ、新たに入れ替えられた本機のシマも、多くの固定ファンを獲得して、長い間
「盛況」続きだった事を思い出す。
先行機「ニューヨーク」に慣れ親しんだ「デジタル権利モノ」フリークは、
ほぼ同じゲーム性を持つ本機を、ニューヨークの後継機として、スムーズに受け入れた。
また、大量出玉を好んだ旧・一発台ファンも、一撃4000発オーバーが見込める本機を、
格好の「後釜」として歓迎した。
事実、ホール全体の客付きが悪い日でも、マンハッタンのシマだけは、連日勢いがあった。
オッチャン、オバチャンなど、シマに陣取る客の年齢層が、案外高かったイメージも残る。
なお、本機は好評を受けて、後に新セルも登場している。
(小さいモノクロ画像で恐縮だが、新セルは、盤面左に「キングコング」を思わせる
キャラが描いてある。このコミカルなキャラが、マンハッタンの摩天楼をよじ昇る…の図。)
今さらではあるが、ここで、本機のゲーム性について、簡単に説明したい。
(1)
賞球は「7&15」。デジタル当選確率は、通常時=「1/250」、2回目権利時=「1/25」。
(「来々軒」と同じ確率。ニューヨークは「1/220」と甘め)
(2)
図柄は、左・中デジが「0~9」の数字(計10通り)。一方、右デジは「0~9」の他に、
ハズレ図柄の「F、H、P」がある(計13通り)。
(3)
ヘソの始動チャッカー通過で、チャッカー真上の3ケタデジタルが変動。
デジタルは「左⇒中⇒右」の順に停止。左、中ゾロ目でリーチ。
ヘソはスルー式で賞球は無いが、チャッカー下にハカマ、命釘、賞球口があり、
この部分の釘調整が甘いと、玉の戻り(7個)が期待できた。
(「ニューヨーク」は戻り無し。「来々軒」はチャッカーが賞球口の為、必ず7個戻しアリ。)
(4)
始動チャッカーへのアプローチ(ルート)は、左右の「寄り釘」ルートの他、天下の
「ワープ」から、チャッカーに真っ直ぐ落下するルートもあった。先行機「来々軒」にも
存在したルートだが、「ニューヨーク」には無かった。ワープのお蔭で、寄りが多少悪くても、
ワープの入口が甘いと、意外とよく回ったりした。
(5)
リーチ時の右デジ移行コマ数は、「6~34コマ」(⇒最大で「2周+8コマ」)。
但し、スーパーリーチや二段階アクション等は無い。リーチが掛かれば、常にチャンス。
大当りもハズレも、「シンプルなアツさ」がウリだった。
(6)
デジタルが「000~999」(三つ揃い)、又は「右デジのみ前後1コマズレ」(前後賞)で、
盤面下部の電チューが約6秒開放。この「前後賞」も、ニューヨークには無かったもの。
来々軒と本機で採用。計30通りもある大当りパターンは、「リーチが当り易い」と
体感させるに充分だった(但し、内部的には、「リーチ=大当りし易い」訳ではない)。
(7)
電チューに拾われた玉は、真下の権利獲得ヤクモノ(振り分け6穴回転盤)に入る。
ここで2個拾っておけば、ほぼ確実に回転盤のV穴に入る仕様の為、電チューが開けば
(デジタルが揃えば)、権利獲得と考えて良し。
(8)
メインデジタルの真上には、「ラッキーナンバー用ランプ」(0~9)が付いていた。
これは、初当りした図柄の「左出目」を示す。前後賞なら、例えば「334」だと「3」が点灯。
当時は、初当り図柄で「持ち玉遊技or出玉交換」を決める店もあったので、このランプを
活用するホールも存在。但し、件の「ニューギンザ」は、本機を一回交換で営業。
なお、先行機ニューヨークには、LNの「狙い撃ち攻略」があった。だが本機は、LN用の
内部カウンタの配列がランダムで、かつ移行速度が速すぎる為、意図的には狙えない。
(9)
権利獲得後は右打ち。デジタル右横の回転体と、その下のメインアタッカーを連動させて、
出玉を稼ぐ。16Rで出玉は約2200発。なお、ニューヨークや来々軒で厄介な問題だった、
「回転体へのダブル入賞」(連続で右の回転体に入ると、その分、ラウンド数が減る)」は、
回転体の穴(センサー)の位置をズラす事で、解消されるに至った。
(10)
1回目の権利消化後は、通常打ちに戻す。この時、デジタルが10倍アップの「1/25」と
なっており(デジタルが赤⇒緑に変化)、2度目の権利獲得は容易。1回目同様、
デジタル揃い⇒電チュー(V穴)入賞⇒右打ちで権利消化。2回トータルの出玉は
4000発オーバー。但し、アタッカー周りの釘次第で出玉は変動。また、2回目権利時に
運悪くハマってしまえば、、その分、出玉は削られた。
まぁ、スペック的には、大体こんな感じだったが…
解析上、「意図的な連チャン無し」とされた割には、数珠連チャン(100回以内)の経験も多い。
件の「ニューギンザ」では、先述の通り、2回権利終了後に出玉を交換する「1回交換」を
採っていたが(本機のシマに限って)、出玉をジェットカウンターに流した後、追加の
1000~2000円目に再び当りが来る嬉しい展開を、幾度も体験した。
換金率「2.2円」の為、4000発でも「9000円」程度だったが、低投資で数珠れば大きい。
但し、そんな(自力の)数珠連があった一方で、性質の悪いハマリにも捕まった。
当時は、回転数表示のデータランプなど無かったから、10回転毎に灰皿に玉を
1個入れて、回転数を自力で数えたりした。その灰皿が、玉で溢れ返るほどモリモリに
なる事もあった。あまりに溜まり過ぎると、灰皿の玉10個分で、ドル箱に1個放り込む…
みたいな数え方もした。まぁ、随分と原始的なやり方だった。
先行機ニューヨークも、「1/220」の割には波荒に感じたが、本機も「1/250」にしては、
メリハリのつく出方をしていた印象が強い。
当時の文献を見ると、「ニューヨークより波は穏やか」と説明する資料もあるのだが、
私自身は、全くそう思わない。ノーマルらしからぬ「激しさ」を、チョイチョイ見せたのだから…。
因みに、この店での本機のトータル収支は、そこそこプラスで終わったハズ。但し、勝ち金は、
スロのシマ(コチラは、正面入口から見て左奥4シマ。コンチIと小役落ちリノ)に、ガンガン
つぎ込んでいた。まぁ、それも、今となっては「ご愛嬌」という事で…。
Mr.Do!(ミスタードゥ) (ユニバーサル、4号機)
(はじめに、一点「お願い」)
今回は、割と細かい情報も入れたので、今後、Wikipedia辺りに、転載の可能性もあろう。
その際、できれば「転載元」として、本記事の「URL」をキチンとwikiに表示して頂けると有難い。
実は、以前「パッキーカード」(変造カード問題)絡みの詳細な記事を書いたのだが、
最近になって、その記事の一部をほぼ「丸写し」した感じで、wikiに転載されていたのを
偶然見つけて、正直、かなり気持ちが萎えてしまった。
(あの記事を書き上げるのに、どれだけ苦労したか…)
加筆・修正のログを見た所、当ブログの記事アップ後に再編集された事は、明らかであった。
そんな訳で、wiki再編集の際、本記事の文章や内容を流用した場合には、その旨を
wikiに明示して頂くか、或いは、コチラが気付かぬよう文面を巧く変えるなど、どうにか
「工夫」して頂きたいのだ。当方の更新意欲が減退しない為にも、ぜひお願いしたい。
少なくとも、「コピペ・転載丸判り」という、知性の感じられない安易な加筆・修正だけは、
どうかご勘弁願いたい。
…と、最初に「クギ」を刺したところで、記事紹介に移りたい。
さて、今回取り上げる機種は、1997年(平成9年)12月にユニバーサル販売※
(現・ユニバーサル エンターテインメント)から登場した、Aタイプ4号機
「Mr.Do!」(ミスター・ドゥ)である。
※1998年4月に、「ユニバーサル販売」⇒「アルゼ」に社名変更(その後、現社名に変更)。
但し、本機は、アルゼに変わる前にリリースされた。
(アルゼ名義の第一弾は、98年6月登場の「バーサス」)
(ボーナス確率)
BIG REG
設定1 1/292.6 1/442.8
設定2 1/273.1 1/442.8
設定3 1/260.1 1/431.2
設定4 1/248.2 1/409.6
設定5 1/240.9 1/390.1
設定6 1/240.9 1/364.1
(払い出し表)
(リール配列)
今や、パチスロメーカー大手として有名なユニバーサル社だが、1970年代後半~80年代の
昭和期には、国内・国外向け業務用ゲーム機(アーケードゲーム)の製造・販売を、かなり
積極的に手掛けていた事がある。
(元々、同社はジュークボックスのリース業に始まり、その後、ゲーム機製造なども開始)
まぁ、ナムコ、タイトー、セガといった、当時のゲーセン界の「エース級」を相手にして、様々な
アーケードゲームで勝負を挑んでいた訳だ。言わば、ユニバ社における「草創期」といえよう。
当時、ユニ社が製造したアーケードゲームは、以下の通りである。
(1978年~1981年のリスト。但し、全種類を網羅した訳ではない。)
・スクラッチ(1978年)
・サーカス・サーカス(1978年)
・コスミックモンスター(1978年)
・コスミックエイリアン(1979年)
・ギャラクシーウォーズ(1979年)
・スペースパニック(1980年)
・チーキーマウス(1980年)
・ノーマンズランド(1980年)
・マジカルスポット(1980年)
・ゼロアワー(1980年)
・コスミックアベンジャー(1981年)
・スナップジャック(1981年)
・レディバグ(1981年)
中には、人気タイトルの「二番煎じ」的な作品もあったが(当時、そういう風潮もあった)、
’79年に満を持してリリースされたシューティング「ギャラクシーウォーズ」は、地上から
発射したミサイルを、速度調整して敵機をよけながら、最上部のUFOに命中させるという、
非常にオリジナリティを感じさせるゲームだった。そのシンプルな魅力に、子供時代の私も
ドップリとハマった記憶がある。
また、ネズミ退治がモチーフの「チーキーマウス」も、かなりマイナーな存在ではあったが、
独特な世界観があって楽しめた。
そして、「レディバグ」(Lady Bug=てんとう虫)は、文字通り、てんとう虫が自機キャラ。
ナムコの「パックマン」をアレンジした感じの良作だった。この「レディバグ」や「てんとう虫」は、
ユニバ社がかつて「アンテナショップ」とした、パチスロ専門店の名称でもある。
当時、私はちょうど小学校の高学年辺り。実に様々なシチュエーションで、多種多様な
アーケードゲーム(或いはエレメカ)を楽しんでいた。「ゲーセン」と聞いただけで、自然と
涎が出たものだ。世もまさに、「アーケード隆盛期」ではなかっただろうか。
繁華街はもちろん、商店街の隅にあった小さなゲーセン、温泉ホテルのゲームコーナー、
バッティングセンターの中、デパートの屋上やエスカレーター脇の踊り場、
喫茶店のテーブル、コインランドリー、スーパーの一角、駄菓子屋の店先、オモチャ屋の
店頭や店内、遊園地のゲームコーナー、さらにはカーフェリーの船内など、こうしたゲームに
接する機会は多かった。
夏休みの家族旅行に出かけた時、ゲームコーナーが全くないホテルや旅館だと、
一気にテンションが下がったものだ。
そういえば、当時、子供ながらに、アーケード筐体をわざわざ買い込み、自宅に置く奴もいた。
小学生時分に、中古のインベーダーを買った同級生の家まで、遊びに通った事がある。
なお、文末の「余談」では、当時ハマったゲームのタイトルを幾つか記した。ご参考まで。
こうしたアーケードゲームの製造と並行する形で、ユニ社は1980年(昭和55年)から
パチスロの製造・販売にも参入。その記念すべき第一弾が、「箱型」と呼ばれたパチスロ機
「アメリカーナ」(0号機)であった。これをきっかけに、様々な後継機が登場する。
また、ユニバ社は、こうしたパチスロ機に加えて、海外向けカジノ機の製造にも注力した。
この「アメリカーナ」登場を契機に、同社の生産体制は、アーケードゲームからパチスロに
シフトして行った。そこから、時代を経る毎に規模は拡大。1992年には、英国のゲーム機
メーカー、エレクトロコインジャパン社(ECJ)と提携(後に子会社化、吸収)した事も
印象深い。業界初の4号機「チェリーバー」をリリースしたのが、他ならぬECJであった。
そのユニバが、今や、押しも押されぬ巨大パチスロメーカーに成長を遂げた事は、
皆さんご承知の通りである。
まぁ、3号機時代、系列会社の「某機種」絡みで、よからぬ話題も出たが…今回は、
あまり触れないでおこう。
(20世紀・ユニバ系スロット史)
1980年(昭和55年)~1999年(平成11年)までのユニバ系機種をリストアップ
(記載漏れは御容赦…)
※ユニ…ユニバーサル販売 メーシー…メーシー販売 瑞穂…瑞穂製作所
0号機(抜粋)…アメリカーナ、キングジャガー、リバティベルなど
1号機…アメリカーナXX(ユニ)、トロピカーナ7(メーシー)、ファイアーバード7(瑞穂)
1.5号機…アメリカーナミント(ユニ)、トロピカーナ7X(メーシー)、ファイアーバード7U(瑞穂)
2-1号機…アメリカーナX2(ユニ)、トロピカーナA(メーシー)、ファイアーバードEX(瑞穂)
2-2号機…リバティベルIV(ユニ)、リバティベルIII(メーシー)、センチュリー21(瑞穂)
3-1号機…アメリカーナマグナム(ユニ)、コンチネンタルIII(メーシー)、コンチネンタルI(瑞穂)
3-2号機…コンチネンタルII(ユニ)
4号機(「ユニバーサル販売」名義)
ソレックス(2)、オリエンタルII、フリッパー3、フリッパー30、キングオブカリブ、
キングオブカリブ30、ハリケーン、ゴールデンフリッパー、ゴールデンフリッパー30、
クランキーコンドル、ゴーゴーザウルス2、、ダンクシュート2、フローズンナイツ、
クランキーコンテスト(2)、ミスタードゥ
4号機(「アルゼ」名義)
バーサス、シルバーブレット(2)、ハナビ、ウィルスショック、ウルフエムX、チェリー12X、
ビーマックス、レインボークエスト、アレックス、ギャラクシーハンター、クライムナイト(2)、
ジロキチ、エドノネズミ、ペイントマン、ミラクルエッグ、ネズミコゾウ、バイオメサイア、
エメラージュ、プラズマアタック、ファイナルミッション、ネズミケンザン、オオハナビ
4号機(メーシー)
トロピカーナ(2)、クラブトロピカーナ、イブX、ファンファン、CCエンジェル、
ベイビーエンジェル(2)、レッツ(5)、サンダーV、サンダーV30、スカルヘッズ2、
サイバーミックス
4号機(瑞穂)
タコスロ、ライトアランプ、グロリアハーツ、シベリアーナ、エスプ、レッドスコルピオン、
テンタクルズ、クリスタルステンド、ワードオブライツ
4号機(ECJ)
チェリーバー、トリプルウィナー3、スーパーモグモグ2、ゲッターマウス(2)、
ボーナスショップ、ドギージャム、ディージェーブロー、DJ、サクセション、ジーセブン、
トゥインクルステージ、ジーセブンX、アステカ、ゴールディR、ジーセブンD、アルテミス、
ナイン、メガウーファー、アステカ30、ポルカノ2
で、そのユニバ社が、アーケードゲームに強く関わっていた昭和期の1982年(昭和57年)、
「Mr.Do!」(ミスター・ドゥ)というタイトルの作品をリリースして、俄然注目を浴びた。
赤いピエロの主人公が、マップ上のチェリーを取りながら、武器である「パワーボール」で
敵を次々と倒していく。「リンゴ」も重要なアイテムで、上から落として敵を押し潰したり、
敵の進路を塞いで身を守ったりと、その使い方が大きなポイントだった。
さらに、「エクストラモンスター」や、プレミアの「ダイヤ」など、1UPや1クレジットアップに
繋がるキャラやアイテムも存在。攻略次第で、「永久プレイ」も可能とされた。
ナムコの先行機「ディグダグ」を彷彿とさせる要素も見られたとはいえ、非常に作り込まれた
ゲーム性はファンに受け入れられ、かなりのヒットとなった。その為、今も「隠れた名作」との
呼び声が高い。
その80年代アーケードゲームを、90年代のパチスロに持ち込んだのが、本機である。
言わずもがなだが、パネルデザインや図柄、そしてサウンドなど、至るところにゲームの
世界観が織り込まれていた。以下、具体的に見ていくと…
(パネル)
・下パネルには、メインキャラのピエロや、「Mr.Do!」のタイトルロゴが、大きく描いてある。
・上パネルやリール窓の周りにも、ピエロや敵キャラが描かれている。
(図柄)
・「赤リンゴ」はゲーム攻略上の重要なアイテム
(落として敵を潰したり、移動させて敵の進路を塞いだり…)
・「チェリー」もメインのアイテム。マップ上のチェリーを全て取れば、面クリアとなった。
(但し、他の面クリ条件もある)
・「ダイヤ」はプレミア。出現率は激低だが、面クリ+1クレジットUP。
(但し、店側のオプションで出現不可にも出来た)。
・黒い「BAR」は、敵キャラの「エクストラモンスター」をイメージしたもの。
・「リプレイ」(青いボール、「PB」と表記)は、主人公の武器である「パワーボール」。
(サウンド)
・白7が揃うと、遊技時BGMの「天国と地獄」が流れる(ファンファーレは面スタート時の音)。
・青7が揃うと、オープニングデモBGMが流れる(SFC版で確認可)
・BARのファンファーレは、面クリア時の効果音。
・ジャックゲーム中は、遊技中BGM・その2(オリジナル)が流れる。
・ビッグボーナスが終了すると、自機が全滅した時のゲームオーバー音が鳴る。
・エラー音は、お菓子を取った直後(エクストラモンスターとパクパク登場)のBGM。
…とまぁ、こんな具合であった。
なお、このピエロキャラは、後の液晶画面搭載マシン「デュエルドラゴン2(R)」
(アルゼ、2000年)に受け継がれている。
(5号機時代にも後継機が出たようだが、当ブログの「守備範囲」ではないので割愛)
さて、思い返せば、個人的に本機をよく打ったのは、新宿・歌舞伎町(エビ通り)の
今はなき「エルニド3」というスロ屋であった。
(在りし日の新宿「エルニド3」…当時のビルは既に取り壊されており、
現在はホルモン焼きの店が入った別のビルに変わっている)
すぐ近くには、系列店の「エルニド1(地下が「2」)」も存在。こちらも既に閉店…というか、
「エルニド」チェーン自体、今では存在しない。
1999年(平成11年)初頭に、歌舞伎町の2号店として新規開業したこの店は、
同チェーンの方針だった「低換金・高設定営業」を、大きなウリにしていた。
(開業当初は8枚交換。その後7.6枚⇒7枚と徐々に換金率アップ。結局は、等価に上がった)
実際、グランドオープンからしばらくの間は、宣伝文句通りの高い出玉還元率を誇った。
各フロアの壁や上階に向かう階段の脇には、5000枚越えの「大量獲得」を示す張り紙が、
これ見よがしにベタベタと貼ってあったのを思い出す(万枚越えも、ちょくちょく見かけた)。
だが、時を追うにつれて、イベント内容と実際の出玉に、「乖離」が生じたのも事実。
(特に2000年を超えた辺りから…)
そして、末期は客が完全に飛び、その後しばらくして、あえなく「クローズ」と相成った。
(私が足を踏み入れたのは、4号機の「カイジ」が置いてあった頃まで)
で、この新宿・エルニド3の2F(中央シマ)には、開業から3年くらい、本機が置いてあった。
確か、2001年の頭までは置いてあったハズ。正直、シマの客付きは「微妙」だったが、
中間設定くらいのボーナス確率の台を打てば、低換金でも、ある程度は勝つ事が出来た。
但し、「大勝ち」する機会は少なかったが…。
そういえば、過去記事で、この店が当時配っていた、「イベントチラシ」を紹介した事がある。
チラシには、1カ月間のイベント(毎日、何らかのイベがあった…汗)のスケジュールの他、
当時の設置機種ラインナップも書いてあった。今や、当方の貴重な「史料」となっている。
「エルニド3」のイベントスケジュールが書かれた、宣伝用の店内チラシ(1999年6月)
⇒「LEVEL6」「パチスロの達人」「アルゼオールスター」「全台6コーナー」
「機種別爆発予想台」「B1エキサイト」「超ファン感謝フェア」など、連日イベントを開催。
まぁ、少々「煽り過ぎ」の感も否めないが…。
~1999年当時の新宿「エルニド3」設置機種リスト~
BF・・・マックスボンバー、ロイヤルバー2、ドクターA7、バーサス、花月
1F・・・ウルトラマン倶楽部、シルバーブレット、ダブルウルフVCT、クレオパトラ、ハナビ、
マッスルトマト
2F・・・クランキーコンテスト2、ミスタードゥ、アステカ、ビーマックス、サンダーV、ファニーサンタ
3F・・・シベリアーナ、ポッパーキング、チェリー12X、ジャパン2、エスプ、イプシロンR
実は、本機が出回り始めた当初は、「等価専用機」などといわれた。実際、メーカー発表の
機械割も低かったので、それを理由に、本機を敬遠するファンも少なくなかった。
だが、実際には、通常時やビッグ中の技術介入駆使により、機械割を大きくアップできる、
まさに「中・上級者向け」マシンであった。
件の新宿「エルニド3」も、換金率こそ低いが、イベント時は「5、6」と思しき台を掴む事も
あったから、良さげな台で技術介入に勤しめば、3000枚程度まで伸びる事はザラだった。
まぁ、さんざん揉み倒した挙句、呑まれて撃沈した事も多いが…。
そんな訳で、ここからは、本機の技術介入性の高さについて、自分なりに説明を加えたい。
(技術介入性・その1⇒通常時の小役狙い(KKK、DDT))
本機は、適当打ちすると、リプレイ以外の全小役を取りこぼす可能性がある。補正はあるが、
キッチリ小役を取り切れば、オヤジ打ちより1000円当りのプレイ数に2ゲーム近く差が出た。
まぁ、劇的に大きな差ではないものの、積み重ねれば大きかったのは事実。
通常時の小役狙い(KKK、DDT)には、主に「上段青7狙い」と「上段白7狙い」があったが、
私は後者の手順を採用。個人的感覚として、フラグ成立が判り易く、しかも出目も単純かつ
面白いと思ったからだ。以下、その手順(ハサミ打ち)を解説する。
まず、左リール上段に、「上にチェリーの付いた白7」を狙う。
左の停止形に応じて、他リールの狙い方も変える。
(A)1コマ早く止まった場合(左枠上に「白7」停止)※
※制御上、この白7が左枠上に「ビタ」で停止した場合、全て「小役ハズレ目」。
また、リプレイなら、中段に揃ってもリーチ目となる。但し、左が僅かでもスベっていたら
すべて無効なので、ビタ停止でない事を前提に解説。
この形が出たら、時間効率を考えれば「右リール適当押し」もアリだが、右にはダイヤの
引き込みが極端に悪い場所が1か所あるので、出来れば右のダイヤを目押しする。
この場合、右枠内に「白7」を狙えば、右でのダイヤ取りこぼしは無い。
なお、ハサミ打ち時は、右リールを何処で押そうが、リンゴは100%引き込む。
(但し、中リールのリンゴは要目押し)
右の白7の上下4コマ以内にダイヤがあり、かつイジワル制御も無いから、必ず引き込む。
ダイヤがハサミテンパイしたら、中リールもダイヤを狙う。但し、コチラも引き込みが悪く、
「2コマ目押し」が必要(3コマはスベってくれない)。意外と技術が要る局面だ。
こういう小技の積み重ねが、収支を左右した。
ダイヤがテンパイしても、単なる「ハズレ」が多い。だが、揃えば15枚と大きい。
なお、ダイヤが右上がりにハサミテンパイした形は、中リールのダイヤを狙って外れれば
リーチ目となる(ダイヤハズレ目)。
また、左がこの形だと、右上段にリンゴが止まった時もアツい。
左がこの停止形でハサミ打ちした場合、制御上、右上段にリンゴは止まりづらい。
(左がビタなら、絶対止まらない)。
つまり、「左ビタ停止」を条件に、右上段リンゴテンパイの時点で「入り」となる。
だが、左が少しでもスベッていた場合、リンゴ成立時にこの形で止まる事がある。
但し、その場合も、中リールのリンゴを狙って外れれば、100%のリーチ目。
したがって、上の出目は「リンゴハズレ目」となる。
さらに、左がこの停止形の時は、小役ハズレと無関係な「ハサミ二確目」も存在。
上の2つは、BR未成立時(ダイヤ取りこぼし時含む)では出ない為、立派なリーチ目。
(B)そのまま停止した場合(左上段に白7停止)
通常は、この形で止まる事が多い。だが、アツイ停止形に成り易いのも、実はこの形である。
この場合、右リールのリンゴ、リプレイとも取りこぼしは無いから、右適当押しでOK。
ハサミ打ちでもっとも判り易いのが、この「中段リンゴテンパイ」。なぜなら、中リールの
リンゴを狙って外れれば、必ずBRが入っているからだ。つまり…
左上段に白7停止時、「中段リンゴのハサミテンパイ」となるのは、上記4パターン。
そのいずれも、中リールでリンゴが外れたら「入り」なのだ。実に判り易くてアツい。
まぁ、大抵はリンゴが揃う訳だが、いきなり外れた時の「衝撃」と「安堵感」が良かった。
(ハマリ時は、この形から悉くリンゴが揃ってしまう為、かなりイライラした…)
おっと、そういえば、大事なことを書き忘れていた。配列上、中リールは適当押しだと
リンゴを取りこぼし易い(3個しかない)。よって、リンゴテンパイ時は、どのリンゴでも
良いから、キッチリとテンパイラインに狙う事が大切だった。
また、左がこの停止形で、右下段に「ボーナス図柄(青7、白7、BAR)」が止まったら、
BR未成立時であれば、中リール中段に必ず「リプレイ」が止まる制御になっていた。
よって、リプレイが中段停止を嫌った時点で、「入り」となる。
但し、右下段が「青7or白7」の時は、同時にリプレイもテンパイする。大抵はリプレイが揃う。
まぁ、逆に言えば「リプレイハズレ目」だが、…なかなか外れてくれない。
それから、やはり、忘れてはならないのが、この形であろう。
「白7上段テンパイ」は、本機では問答無用の「二確」であった。
(上段青7テンパイは、リプレイハズレ目)
まぁ、ハサミ打ちなら「二確」とはならないが、右の停止形を問わず、中リール上段に
白7が来たら、100%入りの「鉄板」となる。
それと、左・中で中段リンゴがテンパイした形は、右中段がリンゴ以外なら「入り」。
ハサミ打ちだと、「リンゴハズレ目」のイメージはないが、形はまさにリンゴハズレ。
それから、「中段リプレイ」にも触れておこう。
この白7を、左の「枠上」ビタで狙っている限り、ボーナス未成立時に、この形(枠上白7)から
リプレイが中段に揃う事は無い。よって、左ビタ停止なら、この形はリーチ目となる。
(BR成立後のアト目)
但し、左を早く押し過ぎると、BR未成立でも、左が2コマ以上スベッて中段リプレイが
揃う事が普通にあるので、この目だけでは「鉄板」ではない。左が「スベリ無し」ならリーチ目。
(C)1コマスベッた場合(左上段チェリー停止)
大抵は只の「角チェリー(4枚)」だが、右・中段に青7or白7が止まったハサミ目なら「鉄板」。
ユニバ系お馴染みの形。しかし、成立時のリーチ目を見逃した事を意味する。
一方、右中段がBARの場合、右にはBARが2つあって、青7付きの方は普通にガセる。
しかし、上の「単独BAR」であれば、チェリー付きの中段ハサミがリーチ目となる。
このような「3連チェリー」もリーチ目。
(D)左が2コマスベった場合(左中段チェリー停止)
単なる2枚チェリーが多い。しかし、以下の形は、ガセ無しのリーチ目。
お馴染み、左チェリー付きビッグ図柄の対角形。当然、ボーナス成立後の「アト目」だ。
角チェリーと同様、右が「青7付きBAR」だとガセるが、単独BARなら信頼できる。
(E)左が3コマスベッた場合(左下段チェリー停止)
上段チェリーと同様、右が「7」か「単独BAR」で挟めば、鉄板のリーチ目。
さらに言えば、左の目押し(上段白7狙い)が正確であれば、BR未成立時、左下段に
チェリーは停止しない。角チェリー時は、必ず上記(C)の形、つまり「上段チェリー」が
止まるからだ。
一方、BR成立後だと、左上段白7狙いで、3コマスベッて「下段チェリー」になる事がある。
目押しが正確なら、左がこの形で「一確」な訳だ。まぁ、大抵は目押しをミスって止まる。
(F)左が4コマスベッた場合(左下段に青7停止)
目押しが正確であれば、、4コマスベリ時は、必ず「ダイヤ」が揃う。
やはり、ダイヤこぼしを回避すべく、右枠内に「白7」を狙う。
(右リール、白7周辺のダイヤは、引き込みが良い。一方、右の青7の2コマ下のダイヤは、
腹立たしい程に引き込みが悪い。絶対に狙ってはダメ。)
ダイヤが対角テンパイしたら、中リールにもダイヤを狙う。
(必ず2コマ以内に目押しする。3コマ手前でダイヤを押すと、イジワル制御でスベらない)
ダイヤ(15枚)をゲット!ゲームほどの「プレミア感」はないが、やはり嬉しい事に変わりない。
但し、左の目押しが不正確だと、3コマ以内のスベリでも、この停止形になる事がある。
その場合、ダイヤは普通に外れるし、ごく普通にリーチ目が出たりもする。
(例えば、こんな判り易い形も出る。白7・青7の一直線は、全ライン有効の鉄板リーチ目)
(技術介入性・その2⇒ビッグ中のリプレイハズシ)
通常時以上に技術介入の効果を発揮したのが、ビッグボーナス中である。
当時、正確な目押しを出来ている人が意外と少なかったから、打ち手次第でかなり差が出た。
★1、2回目の小役ゲームは、上記の「通常時・左上段白7狙い(ハサミ打ち)」を行えば良い。
但し、左枠内にダイヤが止まった場合は、右、中でダイヤをこぼさないよう、慎重に狙う。
(手順は説明した。右の白7狙いと、中リールの「ダイヤ2コマ目押し」がポイント。中は3コマ
スベってくれない。)
また、中リールはリンゴも取りこぼす可能性が有る。よって、リンゴのハサミテンパイ時は、
しっかり中のリンゴを目押しする。
★3回目の小役ゲームに入ったら、「中押し」に切り替える。
(逆押し手順もあるが、私は中押し派だった)
最初に狙う箇所は、中リール枠下に、1個しかない「白7」を押す(枠2コマ下に押してもOK)。
この時、白7を「下段(枠内)」に押してしまうと、イジワル制御で引き込みが悪くなり、
ダイヤ成立時に取りこぼす事がある。
(1コマ遅くてもOKだが、1コマ早いのは不可。)
(A)そのまま止まった場合⇒右枠内に白7狙い
右枠内に白7を狙えば、ダイヤ成立時は、ダイヤをキッチリ引き込む。
もちろん、リンゴ成立時は、何処で押そうが右のコボシは無い。
リンゴ成立時は、上の3パターンで止まるので、停止形によって、左を狙い分ける。
下段受けの場合は、左に「青7・BAR・青7の下のリンゴ」を狙う。目押しし易い場所だ。
中・上段受けならば、左に「白7の下のリンゴ」を狙えば良い。
キッチリ目押ししてリンゴが左で外れたら、只のハズレである。
一方、ダイヤ上段受けの場合は、ダイヤ成立の可能性アリ(単なるハズレの場合も)。
左リールには、見易い「青7・BAR・青7」の上のダイヤを狙えば、こぼす事は無い。
なお、中・右で何もテンパイしなかったら、一応、左枠内にチェリーを狙う。
(大抵はハズレ)
(B)1コマスベッた場合(「チェリー・ダイヤ・リンゴ」が停止)
この形が出たら、ダイヤかリンゴかハズレ(又はチェリー)。
やはり、右のダイヤを取りこぼさないよう、右枠内に「白7」を狙う。
リンゴが下段にテンパイしたら、「青7・BAR・青7」の下のリンゴを狙う。
揃わない時は、只のハズレだ。
ダイヤテンパイ時は、上・中・下段受け共通で、左には「青7・BAR・青7」の上の
ダイヤを狙えばOK。揃わない時はハズレ。
また、中・右で何もテンパイしなかったら、一応、左枠内チェリー狙い。
(C)2コマスベッた場合(「BAR・チェリー・ダイヤ」停止)
この形は、ダイヤかチェリーかハズレ(又はリンゴこぼし)。
リンゴ成立時にこの形を押すと、BARの2コマ上のリンゴがスベってきそうなものだが、
イジワル制御でビタ止まりして、リンゴを取りこぼす事があった。
やはりダイヤ成立を考慮して、右上段に白7を狙う(多少早くても引き込む)。
ダイヤが下段受けテンパイしたら、左下段にダイヤを狙う。
(どのダイヤでも良いが、上図のように、チェリー付き青7を目安にしても良い)。
(D)3コマスベッた場合(「リプレイ・BAR・チェリー」停止)
この形は、チェリーorハズレ(リンゴ、ダイヤこぼしの可能性もある)。
上段にリプレイがあるが、変則押し時は、リプレイが「中段受け」しかテンパイしない為、
この形(左上がり)でジャックインすることは無い。
右は適当押しでOK。左枠内に、一応チェリーを狙う。
(E)4コマスベッたor1コマ早い場合(「リンゴ・リプレイ・BAR(白7)」停止)
(4コマスベリ時) (1コマ早い場合)
この形は、ジャックイン、リンゴ、チェリー、ハズレの可能性がある。
4コマスベリ(左)なら、ジャックイン又はリンゴの可能性大。
一方、1コマ早い場合(右)は、リンゴ、ジャックイン、ハズレの何れも可能性がある上、
中リール枠上のダイヤをイジワル制御で引き込まなかった、「ダイヤ取りこぼし」の
可能性まである。したがって、右の形はなるべく出したくないのだ。
但し、この形で停止した以上、右リールの取りこぼしは無いので、右は適当押しでOK。
リンゴが上段受けテンパイしたら、左リールには白7の下のリンゴを狙う。
(何も揃わなければ、只のハズレ)
この時、必ず左上がりにリプレイも同時テンパイするが、先程述べた理由により、
変則押しだと、この形でジャックインする可能性は無い。
一方、中・右と止めて下の形になれば、ジャックインの可能性が大いにある。
(又はチェリーorハズレ)
(4コマスベリ時) (1コマ早い時)
中段リプレイテインパイ時は、ジャックインを回避すべく、左でハズシを行う。
ハズシの手順は、「上チェリー付き青7」の2コマ下にある「ダイヤ」を、左の中・下段に狙う。
2コマの余裕がある為、それなりの目押し力があれば、さほど難しい訳ではない。
但し、左リールには青7が「4つ」もあるから、キッチリ見分けられないと失敗する。
3回目小役ゲーム、残り9G以降は、再び、上記「ハサミ打ち、上段白7狙い」に切り替える。
以上の手順により、適当押し比+50枚近く、順押し小役狙い比+30枚近く差が付いた。
本機の場合、何といってもビッグ中の「ダイヤの引き込みの悪さ」を強く意識しなければ、
結構な割合で15枚をこぼしてしまう。レア役ならば問題ないが、ビッグ中もそこそこ落ちる
小役なので、ダイヤのコボシは厳禁。
右リールは青7の2コマ下のダイヤが引き込みづらい事と、中リールのダイヤの引き込みが
変則押し時は「2コマ」と悪かった事を、頭に入れておく必要があった。
ビタ押しは要求されないまでも、キッチリ2コマ目押しをしないと、不利になる。そういう意味でも、
本機の技術介入性の高さが、お判りになるだろう。
(余談)
以下は、1980年前後の小学生時分にハマった、主なアーケードゲーム一覧。
とても、全ては書き切れないので、知名度の高い作品を幾つかピックアップ。
・スペースインベーダー(1978、タイトー)当時、誰もがハマった。亜流も多し。パチ業界の敵。
・ギャラクシアン(1979、ナムコ)コチラもシューティングの名作。弾は連射不可だった。
・パックマン(1980、ナムコ)20世紀アーケードの代表作。もはや説明も不要。
・ラリーX(1980、ナムコ)敵車の妨害を避けつつ、マップ上のフラッグを回収。音楽が秀逸。
・クレイジークライマー(1980、日本物産)敵の邪魔をかわして、ビルの窓をよじ登る。
・平安京エイリアン(1980、電機音響)検非違使が穴を掘り、敵キャラを落として埋める。
・銀河帝国の逆襲(1980、アイレム)敵機が自機の下に入り込み、下から突っつく。
・タンクバタリアン(1980、ナムコ)対戦型戦車ゲーム。本陣を攻撃されたら即終了。
・ドンキーコング(1981、任天堂)コングの妨害を避けつつ上階を目指し、姫を救出。
・ジャングラー(1981、ナムコ)自機(ヘビ)が敵ヘビを撃ち、胴体を短くする。ウネウネしていた。
・ジャンプバグ(1981、セガ)ピョンピョン跳ねるワーゲンで、ビルや地上のドル袋を回収。
・ギャラガ(1981、ナムコ)言わずと知れた名機。自機を二体連ねての攻撃は快感。
・クラッシュローラー(1981、アルファ電子)ハケでマップ上を塗り潰していく。
・スクランブル(1981、コナミ)横スクロール型。宇宙船で狭い空間を進み、上下の敵を攻撃。
・スーパーコブラ(1981、コナミ)「スクランブル」と同タイプ。自機がヘリコプター。
・ディグダグ(1982、ナムコ)超メジャー作。タテヨコに地下を掘って、石を落として敵を潰す。
・ペンゴ(1982、セガ)ペンギンが氷ブロックで敵を潰す。星ブロックが3つ並べばボーナス。
・ポールポジション(1982、ナムコ)体感型レース。ブースに入り、ハンドルとギアで自機を操作。
・バーガータイム(1982、データイースト)ハンバーガーの材料を一段づつ落とす。敵も具材。
・チャンピオンベースボール(1983年、アルファ電子、セガ)音声付き野球ゲーム。敵が超強力。
・エレベーターアクション(1983年、タイトー)ビルエレベーターを上下して、黒服ギャングを撃つ。
などなど…
なお、上記は、当時ハマった作品のうち、ほんの一部に過ぎない事を申し添えておく。
(既に、文字数は26000字近くになった。これ以上は、流石に詰め込み過ぎだろう…)
(「Mr.Do!」の項、了)
CR球界王EX(西陣、CRデジパチ)
1994年(平成6年)に西陣から登場したCRデジパチ「CR球界王EX」
(「シーアール・きゅうかいキング・イーエックス」と読む)
★野球がモチーフ
★賞球…5&10&15
(ヘソ5個、アタッカー15個、その他10個)
★大当り確率…3段階の設定付き
・設定1:1/286 (確変中:1/81.7)
・設定2:1/303 (確変中:1/67.3)
・設定3:1/320 (確変中:1/53.3)
★最高14ラウンド継続(通常の16Rより少ない。よって、出玉も2100個と少な目)
★確率変動機能アリ
(プラス2回、ループ有。突入率、継続率は8/25=32%。)
★兄弟機等について
・先行機…球界王(現金機、1993年登場、ノーマルデジパチ)
・新セル版のリメイク機…CR三冠王EX(1996年登場、スペックは本機と全く同じ。)
ノーマル現金機「球界王」…連チャン機ではないが、大当り確率は「1/220」。
当時のノーマル機としては、それ程高くない。
盤面を刷新しただけの、新セル版・リメイク機「CR三冠王EX」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
当時、「CR機」といえば、西陣の爆裂連チャンデジパチ「CR花満開」(1993年)が、
まさに「一人勝ち」ともいえる状態で、全国各地のホールをアツく「席巻」していた。
(CR機導入には、多額の設備投資が掛かる為、導入を躊躇する店もまだ多かったが、
花満の大ヒットを受けて、CR導入店が徐々に増加。)
その西陣が、さらに他社とのリードを広げる為、’94年春に満を持してリリースしたのが、
先行機「球界王」(現金機)のCR版として出た本機である。
事実、本機のデビューを受けて、ライバル各社も対抗するかのように、CRデジパチを
続々とリリースした。平和の「CR名画」や「CR黄門ちゃま2」、三洋「CRスーパーボーイ」
「CRトラベルチャンス2」、大一「CRビッグソロッター2」、SANKYO「CRFワールドI」、
奥村「CRチャンピオン2」などである。
この1994年に、業界は1つの「CR機ブーム」を迎えつつあった。花満を契機に
CR導入店も増加傾向にあったが、この年のブームによって、導入店は顕著に増加。
(なお、1992年夏にも「初期CR機」が発表されたが、あまりブームにはならず。)
こうした流れは、やはり前年(1993年)秋に勃発した「ダービー物語事件」が大きく
影響した事が明らかだ。意図的な連チャン性を有する「現金機」に圧力をかけて、
CR導入の流れを強めんとする当局の意図が、メーカー各社に波及した格好だ。
そんな訳だから、この時期、CRが普及した契機には、かなり「不純」な一面もある。だが、
実際リリースされたCR各機種には、それぞれ独特の面白味があった。私自身も、当時の
人気CR機に対峙する機会は、それなりに多かった。
(実戦のメインは、あくまでも現金機(或いはスロ)だったが)
なかでも、スペックの割に確率が比較的甘く、大ハマリの危険も少なく感じられたのが、
本機であった。ホールで常用された最低設定(設定3)でも「1/320」という値で、資金的に
限りのあった学生(当時)の私でも、追っかけ易いスペックといえた。
(なお、三洋の「トラベルチャンス2」も、確変に入りにくい分、確率はかなり甘かった)
それとは対照的に、大一が同時期に出した「CRビッグソロッター2」は、設定1でも
「1/400」、設定3に至っては「1/450」という極悪の数値で、しばしば、1000回、
いや、1500回越えという超特大のドハマリに見舞われた(3000回ハマった話も聞いた)。
かの有名な大崎一万発氏でさえ、当時、民放でOAされた某・パチンコ特番の中で、
攻略誌のネタとして本機を追った結果、なんと「7万オーバー」の爆死を喰らった程である。
(於「ピア上野」)
一方、本機の場合、そこまでキツいスランプは、あまり見せなかった。勿論、「1/320」が
為せるそれなりのハマリに捕まる事もあったが、「現金機」と見まがう程、ポンポンと続けて
初当りを引く展開も多かった。個人的にも、CR機の割に「取っ付き易い」イメージは強い。
因みに、私はもともと、新宿・歌舞伎町のセントラルロード(当時は「中央通り」)にあった、
「宇宙センター」というパチ屋で、現金機の「球界王」をよく打っていたクチである。
(同店は、後にスロ専となるが、当時はまだ、パチ・スロ併設店だった。)
宇宙センターでの球界王(現金機)の戦績は、案外に良かった。相性が良かったらしく、
大ハマリに捕まった記憶も無い。「2.5円・LN制」だったが、釘の甘い台がチラホラある割に、
シマの客付きはイマイチで、フラッと午後に来て、ブン回りの「お宝台」を見つけたりした。
まさに、都心の一角にあった、オイシイ「穴場」であった。
(C)Google
(新宿「宇宙センター」跡地…現在はカラオケ屋。)
やがて、近くの「新宿日拓1号店」(西武新宿駅前)にCR版の本機が導入され、新装から
間もない頃に打ったところ、運良く確変ループに恵まれて、足下の両脇にドル箱10段くらい
積み上げた。以後、新宿日拓で本機を、そして宇宙センターで現金機の球界王を、
交互に打つ機会が増えた。
また、学校に近かった高田馬場の「日拓・高田馬場本店」でも、地下に導入された本機を
たびたび打ち、そこそこ良好な結果を出していた。
また、この店以外でも、繁華街のホールなら、最低1店舗は本機があるほど設置率は良く、
私も様々なホールで実戦した記憶が残る。
(C)Google
(現在の「新宿・日拓1号店」…同時期、平和の「CR名画」も、ここの1Fで良く打った。)
(C)Google
(「高田馬場・日拓本店」…4号機「チェリーバー」のハズシを、初めて試したのもここ。)
ただ、末期の釘のシメ方はどこも酷く、2.5円交換・無制限の店では、1000円で15回以下しか
回らないような「鬼シメ台」も転がっていた。一方、それと並行するように、新セル版の
「CR三冠王EX」も出回るようになり、一旦途絶えた客付きが、復活するケースも見られた。
おっと、かなり「前置き」が長くなってしまったが…、
以下、本機の特徴について、時には現金機との「比較」も交えつつ、説明する。
(A)機種名(読み方)について
本機(「CR球界王EX」)の読み方は、「シーアール・きゅうかいキング・イーエックス」。
漢字なので、「きゅうかいおう」と普通に読んでしまいがちだが、当時の西陣は、あえて
「キング」と読ませる事で、ありきたりなイメージからの脱却を図った模様。
当時、情報をキチンと把握している攻略誌だと、このように「キング」とフリガナを振っていた。
コチラは、94年の「パチスロ攻略マガジン」誌に掲載された、「朝一設定判別法」記事。
設定変更直後、盤面下の「VIP」ランプの点滅パターンが、通常時と変わる特徴を指摘。
因みに、現金機版「球界王」を、「きゅうかいキング」と読ませたか否かは、資料不足で不明。
ただ、現金機だけ普通の読み方…というのは、いかにも整合性がないので、コチラも
「きゅうかいキング」と読ませた可能性が高い(引き続き、調査を行う)。
(B)大当り確率について
本機は、大当り確率に3段階の「設定」が付いていた。これは、当時のCR機の特徴の一つ。
(もちろん、設定無しのCR機もあったが)
初当り確率は、設定1が「1/286」と一番高く、次いで設定2が「1/303」、最低の設定3で「1/320」。
導入当初は、比較する他のCR機が少なかった為、この確率を特段「甘い」とは
思わなかった。だが、その後、他社が類似スペックで確率の低いCR機を多く出してくると、
本機の良心的な確率が際立つようになった(その分、出玉が少ないハンディはあるが)。
一方、確率変動中は、設定1が「1/81.7」ともっとも低く、次いで設定2が「1/67.3」、
設定3が「1/53.3」と一番甘くなっていた。通常時とは、全く正反対の特徴である。
確変時の確率の設定差を利用して、「確変時にハマり易い台は設定1、すぐに当る台は
設定3」と推測する、簡易な設定判別法も存在した。
もちろん、通常時の初当り回数(確率)から設定を読む、オーソドックスな判別法もあった。
但し、データランプの無い店が大半の時代。「シマ観察」が重要だった。
先述の「盤面ランプ点滅で設定変更を判別する技」も、何も対処していない店ならば
使える事もあった。ただ、設定変更後に一旦電源を切ったり、変更後デジタルを回したり、
盤面ランプを切ってしまえば、たちまち判別は不可となる。
ただ、通常営業は大半の店が「設定3」メインだったので、シマ全体が設定3だったりすると、
こういった判別の類も、さほど意味をなさなかった。
なので、大抵は、基本通り、「クギの良し悪し」で選ぶしかなかった。まぁ、シマの出方を見て
平均設定が高い(と思しき)ホールを探し出すのも、一つのテではあったが。
(C)図柄について
大当り図柄は、数字の「0~9」(10種)と、アルファベットの「A~D」(4種)、それに絵柄の
「ヘルメット、グローブ」(2種)の、計16種類。中デジタルのみ、オールマイティ図柄の
「HIT」(ボール)と、ハズレ絵柄の「バット」がある。
また、左右の「3、5、7」には、小さなボールが付いていた。左右がボール付きだと、
ゾロ目でなくてもリーチになる。つまり、ボール付きは「オールマイティ図柄」だった。
よって、左右が「3・5」「3・7」「5・3」「5・7」「7・3」「7・5」でもリーチとなり、中デジに
「HIT」が止まれば大当りとなる。
因みに、現金機の「球界王」は、アルファベット図柄が「A~H」の8種と多かった。
また、ヘルメットやグローブは、単なるハズレ図柄に過ぎなかった。さらに、左デジタルの
「1」と「9」もオールマイティ図柄になっていて、オールマイティ絡みのリーチパターンが
本機より6つも多い(左右が「1・3」「1・5」「1・7」「9・3」「9・5」「9・7」でもリーチ)。
(現金機だと、こんなオールマイティの大当りパターンもあった)
つまり、現金機の大当り図柄は、「0~9」、「左右3、5、7のゾロ目で、中がHIT」、
「アルファベット8種」、「その他オールマイティ絡み(12通り)」の、計33通りもあった。
(ノーマル機の為、どの図柄も出玉は同じ。但し、「ラッキーナンバー」か否かは重要。)
一方、CR版の本機は、「0~9」、「左右3、5、7のゾロ目で、中がHIT」、「アルファベット4種」、
「その他オールマイティ絡み(6通り)」、「グローブ」「ヘルメット」の、計25通りに減った。
このうち、「1、3、5、7、9」の三つ揃いと、「左右3、5、7、中HIT」の、計8通りが確変図柄。
よって、本機の確変突入率(継続率)は、8/25(32%)となっていた。
(D)リーチアクションについて
本機のデジタル停止順は、「左⇒右⇒中」。
左右が同一図柄でリーチだが、その他、左右にボール付き図柄(3、5、7)が止まれば、
ゾロ目でなくとも「オールマイティ」のリーチがかかる。
この時、オールマイティ(ボール)絡みは必ず「ランナーリーチ」になり、
それ以外の図柄だと、必ず「ボールリーチ」が掛かる。
(a)ランナーリーチ
現金機と同様、本機の大きな特徴だったのが、このランナーリーチ。リーチ後、野球の
ダイヤモンドに画面が切り替わって、中デジのスクロールと共に、味方が次々と出塁。
この時、周回が進むにつれて、「1塁」、「1・2塁」、「満塁」と塁が埋まり、期待感を煽る。
但し、満塁だからといって、特に当り易くなる訳ではない。
但し、ランナーリーチには「ノーマル」と「SP」がある。ノーマルだと、中デジの速度は一定。
(よって、当る時はビタ止まり。)
一方、SPの場合、中デジが大当り手前に差しかかると、スローに切り替わる。こうなると、
期待度も一気にアップ。解析上のSP信頼度は※50%と、非常に高い。SPで外れる時は、
必ず大当り1コマ手前でハズれるので、これまたアツい。
※内部プログラム上、SPリーチは大当り時の1/4、1コマ手前ハズレ時の1/4で出現。
これは、どの図柄でも同じ。よって、ボールリーチのSP信頼度も、同じく1/2。
また、左右「3、5、7」ゾロ目のリーチは、中デジが「数字」でも「HIT」でも大当りする為、
実質「ダブルリーチ」だった(しかも、当る時は必ず確変)。特に、このSPリーチは、
中デジがスローに切り替わる場面が1周で2回もあった為、期待感を大きく煽って、
「脳汁」がタップリ溢れた。
(b)ボールリーチ
オールマイティが絡まない図柄が左右テンパイすると、このリーチだ。リーチ後、画面奥に
大きな白球が現れて、ボールの縦回転と共に、中デジもスクロールする。回転中は、
「頑張って!」という女性の声が、繰り返し流れる。
ボールリーチにも、やはりノーマルとSPがあり、ノーマルは中デジの速度が一定。
無論、当る時はビタ。一方、SPはランナーリーチと同様、大当りの手前でスローになる。
やはり、解析上の信頼度は50%で、ハズレは1コマ手前のみ。
因みに、SPは大当り時の「1/4」で出現するから、「3/4」はノーマルのまま「ビタ」で当る。
(E)サウンド(BGM)について
デジタル回転中サウンドは、野球応援歌の定番である、「ダッシュ慶応」を彷彿とさせた。
大当りの瞬間は、コチラも野球の応援でお馴染み、「進軍ラッパ」(軍隊の「速歩行進」)を
応援風にアレンジした、華やかなファンファーレが流れる。
また、大当り中のメロディは、山本リンダの「狙い撃ち」を思わせる、耳慣れたサウンド。
因みに、この「狙い撃ち」は、中日ドラゴンズの応援ソングとしても有名。かつては、外国人
選手、ゲーリーの定番だった(ゲーリーゲーリー、ホームラン)。元々は、同チーム所属の
石井昭男選手の応援歌として採用されたもの。
大当たり後は、「カッセカッセ、モットモット」と、女性の甲高い自動音声が、繰り返し流れる。
(F)確変について
大当り全25通りのうち、特定の8パターンで大当りすると、確変に突入。
(「1、3、5、7、9のゾロ目」、又は「左右「357」のゾロ目で、中デジのみHIT」)
確変に入ると、「プラス2回」の大当りが確定。さらに、確変中に確変で当れば、
そこから2回の大当りが約束される。
この「フルスペック」に近い(1/3よりわずかに低い)仕様が、平均連チャン「4.63回」という
爆発力をもたらした。
確変中の大当り確率は、1/81.7(設定1)、1/67.3(設定2)、1/53.3(設定1)。
(高設定ほど当りにくい仕様)
また、確変中の小デジ当選率は、「10/11」と高い(通常時の「1/11」から10倍アップ)。
液晶右下の小さな2ケタデジタル(野球のカウント表示をイメージ)が小デジとなっていて、
「3-3」が出ると小当りで、電チューが約2秒開放。この時、電チュー開放に合わせて
止め打ちを行うと、持ち玉の大幅節約になった。手順は、小デジ変動後に止め打ちして、
台枠ランプが3回光ったら数発打ち出す…の繰り返し。
なお、確変中は、「リーチアクション」が一部省略される仕様だった。ノーマルリーチは
全カットされるので、ノーマルで当る時はいきなり揃う。
確変中、リーチが掛かる条件は、「確変大当り」又は「確変リーチが1コマ手前でハズれる」
場合に限られた。よって、確変時のリーチは非常にアツかった。
(G)故・田山幸憲プロと、本機との関わりについて
不朽の名作「パチプロ日記」で知られる、故・田山幸憲プロが、東京・桜新町の「H店」
(パチーノヒノ桜新町店)をネグラとした時代に、もっとも打ち込んだCR機が本機である。
それまでの田山さんは、どの店でも「現金機」だけを打っていた。まぁ、ネグラにCR機が
無かった事もあるのだが…。
⇒池袋「S店」(山楽)には、田山さんが去った後、「CR花満開」が入った。また、溝の口
「B店」(P.S.ビッグトップ)は、CR機未設置のまま、あえなく閉店となった。
一方、桜新町H店は、メインの設置機種がCR機であった。否応なしにCRとの「対峙」を
求められた田山プロ。その日記中、頻繁に対戦機種として登場したのが、本機であった。
元々、溝の口B店をネグラとしていた頃、常連のノッポ君達に会う為、桜新町まで足を
伸ばした日に、H店で本機と対面したのが「なれ初め」であった。この時の田山さんは、
回りのいい台(1000円で29回)を見つけて、3万オーバー勝ちの好結果を得る。
以後、本機は、溝の口B店が予告よりも大幅に早く閉店となり、桜新町にネグラを
移した田山さんにとって、まさに「メイン機種」の1つとなった。
総じて、本機と対戦した時の田山さんの戦績は「良好」。確変のヒキも良かった。
その後、この店で、同じ西陣「CR撃墜王」を打った時には、元々「4/19」と突入率が低い
確変に、「確率以上に嫌われた」田山さんだが、それとは大違い。確変ループを絡めて
大勝ちするケースも、かなり目立った。
(なお、本機は、H店での設置期間も長かったが、末期は「シメシメルック」と化す)
ある時、本機を実戦中、「全然知らない」「かなりのべっぴんさん」の読者(女性)が来て、
「熊本名産の太刀魚」を差し入れして田山さんが喜ぶという、心が和む場面もあった。
ただ、その直後、右目に黒い物体が飛ぶ、いわゆる「飛蚊症」の症状で憂鬱になったのも、
同じ日の出来事だった。なお、この日、田山さんは9万近い大勝ちを飾る。
因みに、田山プロをモデルにしたVシネマ「田山幸憲のパチプロ日記」(1997年、KSS)で、
斉木しげる演じる田山さんが、新たなネグラで球界王を打つシーンが何度か出てくる。
但し、あの作品で斉木さんが打ったのは、本機ではなく、現金機「球界王」の方であった。
(ロケ地は埼玉・東松山市「マリオン」)
90年代ドラマ「グッドラック」(松本明子)レビュー(第2話)
90年代・パチンコドラマ「グッドラック」
(日本テレビ、主演:松本明子)レビュー
第2話「パチンコ娘の悲鳴」
・放映日…1996年(平成8年)7月10日(水)
・放映時間…22:00~22:54
・スタッフ
脚本:寺田敏雄
演出:雨宮望
チーフプロデューサー:小杉善信
プロデューサー:田中芳樹
演出補:羽住英一郎 プロデューサー補:土井かおり 製作補:藤本一彦
・音楽…BIG HORNS BEE(オープニングテーマ…「GOOD LUCK」)
・主題歌(エンディングテーマ)…氷室京介「SQUALL」
・挿入歌…鈴里真帆「もっと静かに」
・撮影協力
パチンコ「平和」(代々木駅東口) 「FRESCO」(新宿西口) 株式会社SANKYO ほか
・番組提供(スポンサー)
大塚製薬、日産自動車、象印、黄桜酒造、花王、国内信販
・出演
松本明子(飛鳥鈴子) 佐野史郎(藤堂竜作) 豊原功補(高原俊輔)
原田龍二(高原祐二) 勝村政信(佐藤年男) 秋本祐希(飛鳥友利)
網浜直子(栗原妙子) 金田明夫(松岡恵一) 宮地雅子(木村緑)
伊藤俊人(長谷川義彦) 原田泰造(杉本真) 西田健(黒部辰吉)
真梨邑ケイ(吉川美沙子) ドン貫太郎(園田満吉) 山田明郷(村瀬和則)
徳井優(鬼頭清十郎) 木孝子(川村芳江) 桑原貞雄(野崎邦夫)
山下容莉枝(佐藤香織)
・友情出演
出川哲朗
(開店後、店内になだれ込む客。セリフは、カウンターの店員に
「どの台が出るの?」と一言だけ。ピンポイントでの出演。)
・あらすじ
老舗パチンコ店「飛鳥球殿」の初代オーナーである、父・光太郎(橋爪功)の急逝後、
店を引き継ぎ、店買収を目論む「黒部興産」リーダー、俊輔と戦う事を決めた鈴子(りんこ)。
だが、彼女は「パチンコど素人」。妹・友利には「お姉ちゃんに経営は無理」とバカにされ、
従業員達からも、まともに相手にされない。味方と言えば、父・光太郎に恩義を感じて
店に出入りする、メーカー営業の祐二くらい(その祐二は、俊輔の「実の弟」であった)。
さらに、二日酔いで遅刻したカウンター係の妙子を鈴子が注意すると、短気な妙子は
逆ギレして、そのまま早退してしまう(妙子は、妻子持ちの松岡と、不倫関係にあった)。
オーナーの威厳など皆無の鈴子だが、店はいつものように開店。常連が店内になだれ込むと、
その中に俊輔がいる。店から出ていくよう注意する鈴子に、俊輔は「客として遊びに来ただけ」
といって取り合わない。
俊輔の隣には、光太郎が過去に絶大な信頼を寄せた、元パチプロ・竜作(ブッコミの竜)の
姿があった。だが、彼が、かつて凄腕プロだった事を知った主任の松岡は、「この店はプロ
お断り」といって、追い出してしまう。
鈴子はその後を追い、父の店を継いだ事を竜作に告げるが、「悪いけど、アンタ、パチンコの
何を知ってるっていうの?」と、彼の態度は冷やかだった。
事実、彼女の素人ぶりは酷いもので、光太郎に代わって釘調整する松岡に「今日の割数は
12割で宜しいですか?」と聞かれても、「割数」が何なのかさえ知らない。そんな経営の
基本も判らない彼女に、妙子や緑、杉本、長谷川といった店員達から、さらに軽蔑される。
その裏で、松岡は、俊輔から他店への「引き抜き」の誘いも受けていた。条件は悪くないが、
長年勤めた飛鳥球殿への思いもあって、心揺れ動く松岡。そんな彼を見透かすように、
俊輔はさらに攻勢をかける。黒部社長の愛人、美沙子が仕切る銀座の高級クラブで、
社長同席の上、松岡に「接待攻撃」を仕掛けたのだ。彼の気持ちは、ますます揺らぐ。
そんなある日、店内にいた鈴子は、シメ釘で「出ない、出ない」と愚痴る常連達に、思わず
当日の割数が回収の「12割」だと教えてしまう。当然、店から客の姿は消える。それを知った
松岡は激怒。「割数12と知って、打つ客などいない、それを教えるマヌケがいるか!」と、
素人丸出しの鈴子を怒る。呆れた他の店員達からは、盛んに「お嬢さん」呼ばわりされる。
「私はお嬢さんじゃなくて、オーナーです!」と鈴子は反論するが、全く説得力が無い。
鈴子は、何とか客を呼び戻すべく、祐二に釘を開けて貰って、「ファン感謝デー」を計画。
自らもチラシを作り、駅前で配り歩いた。そのお蔭で、当日は満席。常連の八百屋(ドン)、
床屋(山田)、易者(徳井)、主婦(木)、浪人生(桑原)も、大当り連発で喜んでいる。
客足戻って得意顔の鈴子だが、赤字確実で松岡達は不満。さらに、この「付け焼刃」な
思いつきを見透かされた竜作に、「ご愁傷様」と皮肉られてしまう。
ともかくも客が戻り、まともに営業出来る…と思ったのも束の間。イベント翌日、なぜか
シメた大半の台に客がつかず、どの常連も、数少ない開放台にピンポイントで座っている。
「釘の情報が漏れた…」と、ショックを隠せない祐二。鈴子も、「一体、誰が?」と疑心暗鬼。
その時、仕事をサボって遊ぶ常連・佐藤(勝村)のもとに、妻の香織(山下)が突如現れて、
パチンコにかまける夫に、罵声を浴びせる。佐藤も応戦するが、香織は「アンタなんか、
死ぬまで一生パチンコやってなさい!」と一喝して、店を去る。何ともバツが悪くなり、
苦笑いしかない佐藤。
それを見ていた鈴子は、佐藤に「帰って下さい!」と強く申し出る。差し出がましい対応を
松岡はたしなめるが、鈴子は聞き入れない。「そういう客が入り浸るから、パチンコの
イメージがいつまでたっても良くならない!」と、思わず日頃の「本音」を吐露してしまう。
興奮してカウンターに戻った鈴子。そこに、またもや竜作の姿が…。彼は、そそくさと
店を出ようとする客の手元から、一枚の小さな紙を奪い取る。そこには、台番号が
幾つか羅列してあり、全てが「開放台」の番号だった。聞けば、この紙が開店前から
店の前にバラ撒かれていた、という。明らかな営業妨害だ。一体、犯人は誰なのか…。
そういえば、昨日の閉店後、鈴子と祐二がシマにいた時、妙子が「忘れ物を取りに
来た」といって、店に戻ってきた。「クギ調整の現場に居合わせた、妙子が怪しい…」
早合点した鈴子は頭に血が上り、妙子のいる従業員寮に踏み込んで、彼女を詰問する。
身に覚えのない妙子だが、元来気に喰わない鈴子に嫌気がさして、「店を辞める」と告げる。
そこへ同僚の杉本が来て、「アイツはそんな事をする子じゃない。俺も辞めます」と反発。
これをきっかけに、長谷川も辞表を提出。さらに、頼りにしていた主任の松岡までが、店を
辞めると言ってきた。
また、鈴子は、妙子が俊輔から引き抜きの誘いを受けていたが、飛鳥球殿への義理から
断っていた事を、同僚の緑から知らされる。緑が、「そんな子が、台番号の紙をバラ撒いたり
する?」と言うと、鈴子は何も言い返せない。やっと自分の勘違いに気付き、寮に駆け込むが、
妙子の姿はなく、荷物も持ち出された後だった。部屋の隅には、従業員旅行の記念写真。
光太郎のすぐ隣で、妙子が満面の笑みを見せていた。
激しく落ち込む様子の鈴子に、竜作は「この商売が、思い付きや真似ごとで
出来るものじゃない事が、身に染みて判っただろう」と、冷たく言い放つ。
「店に残る」と言った緑を除いて、全従業員から「三行り半」を突き付けられた鈴子。
ガランとした店内で、玉の入ったドル箱を運ぼうとするが、転んで床に玉をぶちまけてしまう。
ガックリとうなだれる鈴子。その様子を、店外から妙子が複雑な表情で見つめていた。
そんな折、常連の佐藤が、「従業員に応募したい」と言って、鈴子の元を訪れる。とても
そんな気になれない鈴子だが、一緒にいた祐二が、半ば強引に面接を行わせる。
根っから明るい佐藤、「私は佐藤年男、サトウトシオ、砂糖と塩じゃ、あーりませんか!」と
茶化して自己紹介するが、全くウケない。だが、めげずに営業で鍛えた流暢な口調で、
得意の「マイクパフォーマンス」を披露。祐二は、「3人いれば、店も何とかなる」と言うが、
鈴子は「思い付きや真似ごとで、商売は出来ない」と、竜作の「受け売り」で二人を追い返す。
鈴子は、最後の望みをかけて、竜作が店主を務めるバー「グッドラック」に赴き、店を救う為、
力を貸して欲しいと懇願。しかし、竜作は「客として遊びでは打つが、それ以上は関わらない」
と、彼女の頼みをあっさり断ってしまう。
もう、誰の力も借りられない…途方に暮れる鈴子。悔し涙を流して、店の床を一人モップ掛け
していると、もう一本のモップが視界に入る。ハッと見上げると、辞めたハズの妙子が、
甲斐甲斐しく、だがきまり悪そうに、床をモップで磨いている。
一度は「辞める」と啖呵を切った妙子だが、かつて、保証人もいない自分を拾ってくれた
先代の光太郎には恩義があり、どうしてもこの店を裏切る事は出来ないとのこと。
そんな彼女が頭を下げて、涙を流して「もう一度働かせてほしい」と鈴子に頼み込む。
父の死後、ずっといがみ合っていた鈴子と妙子だが、ようやく一つの「絆」が生まれた。
嬉し涙へと変わった鈴子は、妙子と二人、父の形見の店の床を、一生懸命磨き続けた。
さらに、妙子は、店を裏切ったのが松岡で、開放台の紙をバラ撒いたのも、他の従業員が
辞めたのも、全部松岡と俊輔が仕組んだ事だと鈴子に伝える。
真相を把握した鈴子は、翌日、駅前にオープンしたばかりの綺麗なホールに出向く。
すると、派手な制服に身を包み、いそいそと働く杉本や長谷川、そして俊輔と楽しげに話す
松岡の姿を見つける。
自分を裏切った松岡達、そして卑劣な手を使った俊輔を、グッと睨みつける鈴子。一方、
飛鳥球殿を手に入れる計画を順調に進める俊輔は、ニヤリと余裕の笑みさえ浮かべて、
鈴子を見つめ返すのだった…。
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・第1話のレビューはコチラ
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/8f60824a0d17cfc748d2bc8a1eecb157
・登場人物紹介、その他の情報はコチラ
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/4efdbe572ced6a46a4c0303100cbd603
90年代ドラマ「グッドラック」(松本明子)レビュー(第3話)
90年代・パチンコドラマ「グッドラック」
(日本テレビ、主演:松本明子)レビュー
第3話「駅前パチンコ戦争」
・放映日…1996年(平成8年)7月17日(水)
・放映時間…22:00~22:54
・スタッフ
脚本:寺田敏雄
演出:倉田貴也
チーフプロデューサー:小杉善信
プロデューサー:田中芳樹
演出補:羽住英一郎 プロデューサー補:土井かおり 製作補:藤本一彦
・音楽…BIG HORNS BEE(オープニングテーマ…「GOOD LUCK」)
・主題歌(エンディングテーマ)…氷室京介「SQUALL」
・挿入歌…鈴里真帆「もっと静かに」
・撮影協力…パチンコ「平和」(代々木駅東口) 「FRESCO」(新宿西口) (株)SANKYO
ほか
・番組提供(スポンサー)
大塚製薬、日産自動車、象印、黄桜酒造、花王、国内信販
・出演
松本明子(飛鳥鈴子) 佐野史郎(藤堂竜作) 豊原功補(高原俊輔)
原田龍二(高原祐二) 勝村政信(佐藤年男) 秋本祐希(飛鳥友利)
網浜直子(栗原妙子) 金田明夫(松岡恵一) 宮地雅子(木村緑)
伊藤俊人(長谷川義彦) 原田泰造(杉本真) 西田健(黒部辰吉)
真梨邑ケイ(吉川美沙子) ドン貫太郎(園田満吉) 山田明郷(村瀬和則)
徳井優(鬼頭清十郎) 高木孝子(川村芳江) 桑原貞雄(野崎邦夫)
吉村美紀(黒部栞) 槇ひろ子(老婆)
・あらすじ
「飛鳥球殿」の店員の大半を、駅前の新しいパチ屋に引き抜かれた鈴子。その「黒幕」の
俊輔に、「人情だけで人はついてこない。昔カタギの店など、客も従業員も離れていく」と、
言われる。さらに、偶然居合わせた竜作にも、「OLあがりの素人に、パチンコの経営は
無理だ」と、追い打ちを喰らう。
落ち込んだ鈴子が飛鳥球殿に戻ると、入口で一人の老婆(槇)が出てくる。常連の
八百屋(ドン)の話では、この老婆、玉を100円分だけ打つと、すぐ帰ってしまうらしい。
鈴子が店に入ると、見事に客付きゼロ。カウンターの妙子と緑は、閉店前でもないのに、
モップで床を掃除中。父が亡くなった上、ライバル店まで現れて、経営は火の車だった。
焦った鈴子は、表通りから見える台の釘を、全部アケるよう祐二に指示。素人同然の
鈴子でも、「客寄せ台」くらいは知っていた。祐二は、「最近はこんなセミナーもある」と、
オーナー向け「パチンコ経営セミナー」のチラシを、鈴子に見せる。
さっそく会場に出向く鈴子。だが、「特別ゲスト」として紹介されたのは、何と竜作だった。
かつて、凄腕のプロ「ブッコミの竜」で鳴らした彼は、オーナー連中も一目置く存在だった。
登壇した竜作は、「今どき、客寄せ台くらいで客を呼べると考える、マヌケな経営者は
いないと思いますが…」と、皮肉タップリに言う。バカにされ、逆上した鈴子が竜作に
反発すると、「俺は、飛鳥球殿の敵だ。オヤジさんの釘に惚れて、挑んだジグマだ」と、
冷たく鈴子を突き放す。
怒って会場を飛び出した鈴子だが、去り際、竜作に言われた「こんな所に来るより、
社会見学でもしろ」との言葉が気になる。社会見学…他のホールを観察しろという
意味だろう。そこで、鈴子はもう一度、駅前のライバル店に出向く。
派手な内装、ズラッと並んだ新台、最新の設備、華やかな制服に身を包み、テキパキと
働く若い店員達、バニーガールのコーヒーレディ、店内のおしゃれなカフェ…どうみても、
古臭い飛鳥球殿とは比較にならないほど、時代の最先端を行くホールであった。
空き台に座った鈴子は、小銭入れから100円を取り出して玉を買おうとするが、台間に
玉貸機は見当たらない。そこにあるのは、見慣れないCR機の「カードユニット」である。
混乱する鈴子の背後に立ち、スッとパッキーカードを差し込んだのが、俊輔であった。
「敵情視察ですか?」と、俊輔が余裕の笑みで玉貸ボタンを押すと、玉が上皿に
ジャラジャラ出てくる。直後、鈴子の台が大当りすると、店員達が背後にズラッと並び、
「おめでとうございます!」と頭を下げる。店員教育も完璧だ。ウチに、勝ち目はない…
鈴子は、心底そう思い知らされた。
(鈴子が当てたのは、奥村のCR権利モノ「CRサーカス3」⇒「モナコサーカス3」のCR版)
タップリ景品を持たされて、自宅に戻った鈴子。父の遺影を前に、「あの店、凄いよ。私も
そう思う…」と、素直に「敗北」を認めるしかなかった。
翌朝、鈴子は店隅のテーブルにポットを置き、「お茶、ご自由にどうぞ」と書いた紙を貼って、
お茶の無料サービスを始める。資金が少ない飛鳥球殿なりの、精一杯の対抗手段だった。
開店と同時に、いつもより少ない客が、パラパラと入店。すると、あの佐藤の賑やかな
マイクパフォーマンスが聴こえる。まだ雇ってもいないのに、すっかり店員気取り。だが、
彼の実況は実に淀みなく、祐二も「立て板に水」と絶賛。「私だって出来るわよ」と鈴子は
マイクを奪うが、完全にグダグダ。「洗濯板にマヨネーズ…」と、祐二に冷やかされる。
一方、シマでは、先日見かけた老婆が、相変わらず、一発づつ玉を打っている。それを見た
祐二は、「そんな打ち方じゃダメだ」と、老婆のハンドルを強引にヒネる。「何するの?」と
うろたえる老婆だが、100円分の玉はすぐ無くなり、老婆は肩を落として店を出る。
「変則打ち」をする不審な老婆を、祐二は「ジグマ(プロ)」ではないかと疑う。
鈴子が事務所に戻ると、飛鳥球殿を裏切り、駅前のパチ屋に鞍替えした、憎い松岡がいた。
帳簿をジッと見ていた彼は、「このままじゃ、店は持たない」と、有能な店長を雇うよう進言。
だが、鈴子には、それが嫌味にしか聞こえない。ならば、黒部興産に店を売るべきだ…と言う
松岡を、鈴子は「黒部の差し金」と思い込んで、聞く耳持たない、
松岡は、誤解を覚悟で出向いた事、これが長年勤めた飛鳥球殿に対する、自分なりの
「愛情」である事を、鈴子に告げる。「愛情があるなら、なぜ店に残らないの?」と訴える
鈴子に、「自分にも、守る家族がある」と言って立ち去る。鈴子の傍らには、その松岡と
不倫関係にあった、カウンターレディの妙子がいた。鈴子と目が合うと、妙子は寂しげな
笑みを浮かべて、その場を去る。
その夜、鈴子は、誰もいない原宿陸橋に立っていた。悲しい時は、いつもここに来るのだ。
父が亡くなった日も、雨の降りしきる中、ここで泣いていた。すると、橋の向こう側から、
常連の八百屋と易者(徳井)がやってくる。「戦利品」の景品袋を、両手一杯に抱えて。
「バニーガールはいいよなぁ。飛鳥球殿は、もうダメだな!」と軽口をたたく八百屋だが、
鈴子と鉢合わせになって、バツが悪い。だが鈴子は、精一杯の笑顔で、「よかったら、
ウチにも来て下さいね」と、健気に声をかけた。
鈴子が従業員寮に行くと、佐藤が部屋に荷物を運んでいる。正式採用もしていないのに、
住み込みで働く気マンマンだ。その傍らで、一升瓶を片手にクダをまく、鈴子と祐二。
祐二は、「無理してでも、新台を入れるべき」と言うが、鈴子は、父が残した店のまま、
立ち直らせると啖呵を切る。だが、本音は、自信など全くなかった。
その頃、黒部興産の俊輔は、社長の黒部辰吉(西田)から、突き上げを喰っていた。
遅々として進まぬ、飛鳥球殿の買収。そこに巨大ショッピングビルを建てる…「社運」の
かかった大プロジェクトだ。苛立った黒部は、コップの水を俊輔にぶちまける。そこへ、
黒部の愛娘、栞(しおり)が訪れる。途端に、黒部の表情が柔らぐ。そして、俊輔に
「ハナタレも良い所だ。俺も栞も、お前に期待している」と、買収工作を急がせる。
翌日、俊輔は鈴子のもとを訪れて、ある「勝負」を提案。明朝、飛鳥球殿が開店して
1時間以内に客が一人も来なければ、店と土地を黒部興産の言い値で買い取る。逆に、
一人でも来たら、飛鳥球殿から手を引くという。どう考えても、鈴子に有利な条件である。
「卑怯な手は使わない」という俊輔の言葉を信じた鈴子は、その勝負を受ける。
翌日、事務所の鈴子のもとに、カウンターレディの緑が駆け込んでくる。例の老婆が、
また来ているらしい。行ってみると、八百屋が打っている台に、老婆が強引に座ろうと
してトラブッている。「他の台が空いてるでしょ!」「それはこっちの台詞だ!」押し問答の
挙句、八百屋が逆ギレして、「もう、来ねえ!」と出て行ってしまう。それを見た鈴子は、
老婆を「出入り禁止」にする。「これには、理由があるの…」と必死に抵抗する老婆だが、
鈴子は聞き入れない。トボトボ店を去る姿を見て、「とんだ疫病神だわ…」と溜息をつく。
俊輔との勝負を控えた鈴子は、竜作のバー「グッドラック」に出向く。彼の姿は無く、
カウンターに黒部の愛人、美沙子がいた。美沙子に、「あの人、恋人?」と聞かれて、
「何で、あんなナスビの妖怪みたいなのと…」と、ムキになって否定する鈴子。
と、店のドアが開き、食材を抱えた竜作が、「何か用かい?(註:ダジャレ)」と入ってくる。
慌てた鈴子は、俊輔との勝負のいきさつを話すが、竜作は「お前は、負ける!」と断言。
その理由を問われると、「ナスビの妖怪には、予知能力があるんだ」とチクリ。
同じ頃、祐二は兄の俊輔から、駅前のパチ屋が、明朝全台に「モーニング」を仕込み、
朝から100回転以内に当る事、さらに、すでに店が客に情報を流した事を知らされる。
「汚い手を使わない」というのは、真っ赤な嘘だった。これでは、誰もが駅前の店に朝から
並ぶ。閑古鳥の飛鳥球殿に行く客など、現れるハズがない。祐二は、兄の計算ずくで卑怯な
やり口に怒りを覚えて、部屋を飛び出す。
飛鳥球殿に出向いた祐二は、まんまと黒部興産の「罠」にハマった事を、鈴子に伝える。
だが、鈴子は「まだ、勝負は始まってない」と強がって、一人で宣伝のチラシを手書きする。
彼女は、そのチラシに願いを込めて、こう大きく書いた。
「娯楽の殿堂 飛鳥球殿をつぶさないで!いつも真心の飛鳥球殿は、あなたの御来店を
心よりお待ち申し上げております。緑茶、無料サービス!」
(鈴子がチラシを書くシーンのバックでは、挿入歌「もっと静かに」が流れる)
翌日、鈴子は駅前でチラシを配り、店が「存亡の危機」だと、道行く人に必死に訴える。
だが、その横で、ライバル店もプラカードやバニーガールを使って、派手に宣伝を
かけており、自然と注目もそちらに集まる。それにもめげず、チラシを配る鈴子だが、
通行人に突き飛ばされ、水溜まりに突っ伏すと、ズブ濡れの泥まみれになってしまう。
失意の鈴子が半ベソで家に戻ると、妹の友利が出かける所だった。鈴子のあまりに
みすぼらしい姿に、かける言葉も見当たらない友利は、無言で出ていく。一方、
鈴子も恥ずかしいやら、情けないやら、哀しいやらで、何も言えずに妹を見送る。
勝負当日、佐藤がライバル店を偵察すると、開店前に長蛇の列。飛鳥球殿の常連も、
みな並んでいる。それを聞いた鈴子と祐二は、ガックリと肩を落とす。そこへ、俊輔が
勝ち誇らしげに現れて、「客は勝つ為にしか来ない。1時間待っても無駄だ」と、早くも
勝利宣言する。
すると、緑が慌てて事務所にやって来て、「お客が来たよ!」と告げる。まさかの展開に、
祐二と佐藤は、喜び勇んで店に向かう。鈴子も、その後を追う。一方、絶対の自信が
あった俊輔は、「まさか…」の表情。
入口前に出てみると、あろう事か、やってきたのは、あの老婆…「疫病神」だった。だが、
そんな事など言ってはいられない。佐藤も緑も、たった一人の「客」として来てくれた
老婆を、丁重にお迎えして、店に招き入れようとした。祐二も、「勝ったぜ」と兄に得意顔。
だが、鈴子だけは、「この人は、私が出入り禁止にしたから、客とは認められない」と、
老婆に「お引き取り」を願う。この期に及んでカッコをつけるな、と妙子に言われても、
「つけるわよ!こんなので勝っても、嬉しくないわよ!」と意地を張り、頑として、
老婆を客扱いしない。
「あなたの負けになりますよ?」と言う俊輔に、ヤケ気味に「店は、今ここで閉店します」
と吐き捨てる鈴子。と、そこへ松岡が突然現れて、「このお婆ちゃん、ジグマでも何でも
ないですよ」と切り出す。
松岡がいうには、老婆の旦那さんが大のパチンコ好きで、飛鳥球殿の常連だったが、5年前
亡くなってしまった。だが、老婆は身寄りも蓄えも無く、葬式さえ出せなかった。そこで、先代の
光太郎が、代わりにささやかな葬式を出してあげた。以来、光太郎の恩に感じ入った老婆は、
夫の命日を挟んだ一週間、毎日100円持って飛鳥球殿を訪れては、夫の「指定席」だった台で
玉を弾いて、「供養」をするようになったという。
事情を知った鈴子は、亡き父の温情と、自分の浅はかさに気付き、老婆の入店を認める。
一方、俊輔は「余計な事を…」といった顔で、鈴子に「助け船」を出した松岡を睨みつける。
「他意はありませんから…」と言い残すと、松岡は静かに立ち去る。
カド2の「81番台」に座り、「ハンドルを捻っては戻し、捻っては戻し」で、丹念に一発づつ
玉を打つ老婆。その表情は、柔和で穏やかだ。鈴子が「お婆ちゃんにとって、パチンコは、
勝つ為ですか?」と尋ねると、老婆は「ううん、年に一度、お爺ちゃんに会う為」と答える。
それを聞いた鈴子は、涙を浮かべて「ご来店、有難うございます…」と頭を下げる。
すると、老婆の台にリーチが掛かり、見事大当り。亡きお爺ちゃんも、天国で喜んでいる…
そう思わせるようなフィーバーだ。店員一同も、「バンザイ、バンザイ」と、涙で老婆を祝福。
(老婆が大当りしたのは、SANKYO「フィーバービューティフルII」)
その様子を見て、憮然とした表情で店を出る俊輔。表にいた竜作とすれ違いざま、「いつ、
タオルを投げてやるんですか?彼女は、最終ラウンドまで戦うつもりだ」と吐き捨てる。
竜作に気付いた鈴子。彼の傍に駆け寄って、「勝ちました!」とキッパリ。だが、竜作の
口から出たのは、「遂に、地獄の入口に立っちまったな…」という、非情な一言だった。
(エンディングテーマ「SQUALL」が流れて、スタッフロールに切り替わる)
(C)日本テレビ
第3話で、「100円だけ打つ老婆」の役を好演した、女優の槇ひろ子さん
大工さんP-3(西陣、ハネモノ)
1988年(昭和63年)に西陣から登場したハネモノ「大工さんP-3」
盤面上部で「てやんでぇい!」と啖呵を切るヒゲ面のオヤジキャラは、個人的に、「ひょうき〇族」で
ビートた〇し演ずる、「鬼〇権造」を彷彿とさせた。
大当り中は「大工」に因んで、ベートーヴェンの「第九」(交響曲第九番・合唱付)を思わせる、
小気味よいBGMが流れた。
(「大工=第九」の発想は、かつて、某・即席天ぷらそばのCMにも使われた。
山城新伍と川谷拓三(いずれも故人)の背後で、大工の大合唱団が第九を歌うヤツ…)
★旧要件機
★賞球:オール13
★ハネ開閉時間:オトシ0.3秒、ヘソ0.6秒×2
★大当り中の貯留機能アリ(最大6個貯留)
★ハズレ玉3カウントで、貯留解除
★大当り中のハネ開閉回数…最高18回
★最高8ラウンド継続
★現役時の実戦店:新宿・東南口「平和」(閉店)
当時の「平和」…右隣に、ピンク映画の「新宿国際劇場」がある、香ばしい立地だった。
私が本機に初めて接したのは、1990年夏。既に「旧台」扱いだったが、健気に頑張っていた。
まだ、初心者に毛の生えた頃で、出たり入ったりの「遊び台」ばかり打ったが、小箱1つ800個も
出れば満足だった。まだ、「欲」にかられていない、純粋な時期である。
改装後の平和(隣の新宿国際も健在)
4号機時代、2000年前後に改装されたと記憶。
さらなる改装により、平和の「持ち味」だったレトロなネオンは、完全撤去。
※2013年、新宿「平和」はクローズ。その1年前(2012年)、新宿国際劇場も閉館している。
なお、隣のJR代々木駅東口にも、系列店の「平和会館」があって(コチラも既に閉店)、ドラマ
「グッドラック」(1996年、主演:松本明子)のメインロケ地としても知られた。
(ドラマでは、「飛鳥球殿」の名で登場)
★大当りまでの流れ
ハネ開閉時、ヤクモノ真上から入賞した玉は、上段ステージを経由して落下する。
下段ステージ奥から手前に転がった玉が、手前中央Vゾーンに入れば、大当りとなる。
但し、下段奥左右とV両サイドにはアウト穴があって、V入賞を阻む障壁となった。
また、上段は中央に「突起」、左右に「ミゾ」があり、上段の玉は左右にバラけ易い。
下段左右に落ちた玉はハズレ易く、この突起やミゾも、V入賞率を下げる要因の1つだった。
★ヤクモノの特徴
・一風変わった「ハネ」
普通、ハネモノといえば、ヤクモノ両サイドのハネが、ヘソ・オトシの始動チャッカー入賞で、
パカッと左右に開くのが主流である。左右にガバッと開いたハネが、盤面の玉を拾い取る構造だ。
だが本機は、アーム型の両ハネの先端が、通常時、ヤクモノの「天井」と化して、真上からの
玉の入賞を完全ガード。普通のハネモノと違って、ヤクモノ両脇の入賞ルートは存在しない。
このハネが、チャッカー入賞で「くの字(逆くの字)」に折り曲がって拡がると、ハネ先端の天井も
左右にスライドして、ヤクモノ上部はガラ空きとなる。この時、ヤクモノ入賞のチャンスとなる訳だ。
つまり、「開いたハネが玉を拾い取る」のではなく、「邪魔なハネがいなくなり、玉が入り込む」タイプ。
いわば、ハネモノの常識を覆した、この独特なハネの動きこそ、本機の大きな特徴であった。
但し、変則的なハネの作りとゲージ構成は、同時に「寄り悪」の傾向も生み出した。したがって、
本機は他機種以上に、寄りのチェックが重要ポイントとなった。
ハネ開閉時間は、オトシ「0.3秒」、ヘソ「0.6秒×2」。当然、ヘソ入賞時の方が、玉を拾い易い。
元ゲージもヘソに流れ易い形だったが、それ故に、ヘソがガッツリ絞られるケースも目立った。
ただ、オトシでもV入賞のチャンスは十分あったから、オトシが甘い台なら勝負になる。
・ヤクモノの「大工さん」
(以前「殿堂・蕨店」で撮影した、ヤクモノの接写画像)
センターヤクモノでは、コミカルな表情をした二人の「大工」が、左右で向かい合う。
二人とも、「ねじり鉢巻、ハッピ、股引、足袋」の定番スタイルで、手には「トンカチ」を持っている。
向って左側、赤いハッピの大工さんは、「ドロボウヒゲ」が特徴。顔つきはいたって真面目だが、
つぶらな瞳で愛嬌タップリ。
一方、右の青ハッピの大工はニキビ面で、左よりも年が若い印象だ。コチラは、ニコニコと笑顔。
なお、ヤクモノ奥に「職人技」、下段ステージに「西陣組」と書いてあるのも、遊び心を感じた。
★大当り中の流れ
大当りすると、上段ステージにストッパーが出て来て、上段左右に玉を貯留するようになる。
貯留は左右3個づつ。最大「6個」の貯留が可能。それ以上は、下段にこぼれ落ちる。
もちろん、貯留6個以下でも、上段に貯留されず、下段に落ちる場合もアリ。
ハズレ3カウントで、上段ストッパーは解除。上段左右の貯留玉も、ドバっと一気に落下。
そして、落下したうちの1個が、手前Vゾーンに入れば、大当りは継続する。
なお、貯留解除でVを外した場合、その後、左右の大工さんが、静止状態からトンカチを
上下させるようになる。
さらに、トンカチの動きに合わせるように、Vゾーンもガタガタと上下に動く。
(これらの動きは、ラウンド間も発生)
上下するトンカチは、下段に来た玉を中央Vへ寄せ易くする一方で、下段左右の玉をブロック。
故に、早々にハズレ3カウント⇒貯留解除となってVを外しても、トンカチの動きでV継続をアシストする
ケースはあった。無論、6個貯留時の3カウント解除では9カウントとなる為、解除時にVを外したら
継続は厳しくなる。
やはり、なるべく貯留を多くしておき、貯留解除前か貯留解除時にV継続となるのが理想。よって、
ここでも「寄り」の良し悪しがポイントとなる。クセにもよるが、継続率は割と良好な部類に入った。
(トンカチを振り下ろした瞬間。)
★西陣チャッカーの「魅力」
個人的に、本機の始動チャッカーの形状には、ある種の「愛着」がある。
(オトシ…1回開きチャッカー) (ヘソ…2回開きチャッカー)
当時の西陣ハネモノには、様々な形の始動チャッカーが存在。その中でも、特に私が好きなのは、
本機に採用された、派手な装飾も無く、「ACT1/ACT2」とのみ書かれた、橙色の控えめなチャッカー。
形は小さいが、半透明のプラスチックの奥で、ピカピカ光る電飾がよく映えた。このチャッカーに
玉がスッと吸い込まれると、何とも気持ち良く思えたのだ。
本機の他、「スーパーブラザーズ」「パチンコ大賞」「マッハシュート」などが、同タイプのチャッカー。
何れも私の「大好物」だった。特徴あるヤクモノに加えて、チャッカーの魅力にも惹かれた格好だ。
ブレイクショット(大一、デジパチ)
(’90年代・マイナー機列伝)
1996年(平成8年)に大一から登場した現金機「ブレイクショット」
★ノーマルデジパチ(意図的な連チャン性無し)
★ビリヤードがモチーフ
★カラー液晶モニタ採用
★賞球…7&15
★大当り確率…1/215.5
★大当り図柄…0~9、王冠、BAR、$の各3つ揃い(計13通り)
⇒下段デジタルのみ、ブランク図柄アリ(4種のトランプマークと星)
★最高16ラウンド継続
★出玉…約2300個
★デジタルの回転時間短縮機能
⇒保3、保4点灯時、通常時よりも2秒以上、回転時間が短縮
(回る台ほど、時間効率アップ)
同時期リリースの兄弟機、「ブレイクチャンス2」(3回権利)や「CRブレイクチャンスV」(CR権利物)と
比べると、本機は、設置も人気も今一つだった。私自身、新大久保の「パイナップル」というパチ屋で
遭遇したのみ。なお、当時、池袋東口「イースタンパール」に設置があった、とする資料もある。
(在りし日の新大久保(明治通り沿い)「パイナップル」…その後、早稲田の「三光堂」跡に移転)
「ブレイクチャンス2」(1996年)…3回権利の現金機。
大当り確率1/359、出玉約6000個。大当り図柄14種類。
「CRブレイクチャンスV」…1/2確変ループのCR権利物。
大当り確率1/239、1/263、1/283(設定1~3の順)、出玉2300個。
大当り図柄12種類。奇数(1、3、5、7、9)かBARで確変。
本機は、「ビリヤード」を題材にした台で、デジタルも、ビリヤードの「球」を模したもの。
但し、他の兄弟機と比べると、デジタルの作りが異なる。
兄弟機(2機種)は、球を模した丸デジタルが、左・中・右と、「横一列に3個」並んでいた。
一方の本機は、球が上から「1個⇒2個⇒3個」と、タテ三段重ね(ピラミッド状)になっていた。
これら6つの数字が全て揃えば、大当りとなる仕組み。
パッと見だと、揃いづらい「6ケタデジタル」の様相を呈するが、実際には、中段も下段も、
同じ数字がシンクロして「全回転」で動く為、3ケタデジタルと何ら変わらなかった。
それでも、一風変わったデジタルなので、それなりに外観上のインパクトがあった。
また、上記したデジタル構造の違いから、リーチアクションも、兄弟機とはかなり異なっていた。
(兄弟機の特徴である、「スポットライトリーチ」も「バウンド(ジャンプ)リーチ」も、本機には無い)
デジタル停止順は、「上⇒中⇒下」。上述の通り、中デジ(2個)と下デジ(3個)は、常に同数字が
揃って表示される。上⇒中が揃ってリーチになると、下デジは全回転状態でゆっくりスクロール。
リーチは、「ノーマル(スロー回転)」「コマ送り」「高速(スピードアップ)」の3パターンが存在。
基本的に、下デジの周回が1周+2コマ進むと、ノーマル⇒コマ送り⇒高速と、段階的に発展する。
この時、デジタルの背景色も、「青⇒黄⇒赤」と、リーチ発展に合わせて変化(通常、背景は緑)。
もちろん、リーチが伸びれば伸びるほど、大当り期待度もアップした。
(ノーマルは大抵ハズレだが、当る事もある)
とりわけ、最後の「高速リーチ」まで伸びると、大当りor前後1コマでしか止まらない為、アツさ倍増。
この時、下デジの3個のボールは、大当りの「半コマ」前後で一旦止まってから、前後どちらかに
ゆっくり動いて最終停止する。「丁か半か…」と、ジリジリ焦らす動きで楽しかった。
それから、たまに発生する中デジタルの「スベリ」も、かなりアツいアクションだった。
(中デジのスベリ自体は、兄弟機にも存在)
本機は、中デジがスベッて停止した場合、「必ずリーチが掛かる」仕様だ。
しかも、スベリ発生時は、ノーマルをすっ飛ばして、いきなり「コマ送り」からスタートする。
さらに、コマ送りでハズれる事は無く、1周+2コマ以上進んで、ほぼ確実に「高速」まで発展する。
つまり、スベリ発生の時点で、「大当りor前後1コマのハズレ濃厚」となった。
当時、こうしたスベリが、大当り信頼度と無関係な機種も多かった。だが本機は、中デジにスベリが
起これば、それだけで期待度もグンと上がった。
全体的にみれば、リーチの構成はシンプルな部類だった。しかし、それが却って、各リーチの
「持ち味」を引き出していたともいえる。
意図的な連チャン性を持たない、至ってノーマルなデジパチだったが、10箱も20箱も積むような
爆裂CR機で金をジャブジャブ使うより、こんな穏やかな台をマッタリ打つのが、パチンコ本来の
楽しみ方ではなかったか。
中には、ノーマル機でも釘をガチガチに締めてしまい、満足に遊ぶ事さえ出来ないようにした、
いわくつきのボッタ店もあったのだが…。まぁ、「ノーマル」とはいっても、クギと展開次第では、
爆裂機顔負けの大勝ちもあったから、店側の危惧も、全く判らない訳ではない。
(私も過去、大同「FルーセントDI」の自力大連チャンで、短時間で箱をバカ積みした事がある)
因みに、冒頭紹介した新大久保「パイナップル」は、私が足を運んだ当時でいうなら、どの台も、
割と「遊べるクギ」にしてくれていたと、フォローしておこう(現在は知らないが…)。
1990年代放映のパチンコ特番より(名物ホール紹介)
1993年(平成5年)に、テレビ東京系にてオンエアされた、2時間ワイド・パチンコ特番
「15兆円の大フィーバー!日本全国パチンコ大特集」において、当時営業中だった全国各地の
「名物的」パチンコ店やパチスロ店が、幾つも紹介された。
ここで出てくる各店舗は、当時の最先端を行く設備を有する、店舗の内装・外装その他に
一風変わった特徴がある、昭和さながらの営業形態を続けるなど、様々な理由で取り上げられた。
まぁ、今やごく当たり前の設備なども含むが、’93年当時のパチ屋としては大いに珍しかった訳で、
パチに概ね「寛容」だった90年代のメディアが、こうしたホールに注目しても何ら不思議はない。
だが、「23年前」の古い番組であるから、現在も営業を続ける店がある一方、既に閉店と
なってしまったホールも少なくない。まぁ、これも時代の流れだから、仕方あるまい。
そこで今回、「90年代パチンコシーン」を回顧する意味で、同番組で登場した名物ホールを、
幾つかピックアップしてみた。皆さんが馴染みとしていた店は、入っているだろうか?
(1)ピーボールイッセン(京都市伏見区毛利町)
⇒閉店
(C)テレビ東京
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・キノコ型の巨大オブジェを思わせる、幻想的なホールの外観。見た目はパチ屋と思えない。
・店の装飾のイメージは、ノーベル文学賞、ガルシア・マルケスの小説、「百年の孤独」に基いたもの。
・床や柱が透明になっていて、店を循環するパチンコ玉の流れがまる見え。
(玉の動きも、装飾の一部として利用)
(2)よろこびの街100万ドル・神科店(長野県上田市小里)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
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・店舗は、木材を使用した日本風の建築。
・瓦ぶきの屋根も特徴。
・店内には「茶室」もある。
(3)よろこびの街100万ドル・小諸店(長野県小諸市三和)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
・こちらも木造の店舗。
・ドーム風の建物。
(4)よろこびの街100万ドル・丸子店(長野県上田市腰越)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
(C)テレビ東京
・こちらも木造店舗。
・外観はファミレス風。
・店の柱が「天然の巨木」で、独特の味がある。
・店内に小さな日本庭園も。
(5)ZAZアミューズメントスクエア(愛知県愛知郡長久手町)
⇒現在、「ZENT長久手店」として営業
(C)テレビ東京
(C)テレビ東京
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・女性受けする綺麗な店舗。内装も個性的で、競合店との差別化を図っている。
・敷地内には、社長が蒐集したF1やスーパーカー(フェラーリ)を展示した、「ミニ博物館」※がある。
(2Fが展示スペース、1Fはレストラン)
※スーパーカー博物館は、既に閉館したとの事。
(6)パチスロGANGAN(ガンガン)(大阪市中央区道頓堀)
⇒閉店
(C)テレビ東京
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・従業員全員が若い女性。
・制服は真っ赤なボディコンスーツ。
・従業員9名は、約800人の応募者から選出。平均年齢21才。
・ミニスカートの赤は、パチスロへの「闘争心」をかきたてる為。
・店長には、19歳の女性を抜擢。
・「最初は抵抗ありましたが、もうだいぶ慣れました」(女性店長・談)
・ボディコン店員目当てに、カメラを持ってシマをウロつく勘違い客が、たまに現れるという。
・設置機種は不明だが、映像から「コンチネンタルII」「バニーXO」が確認できる。
(7)ジャック&ベティ(神奈川県大和市中央林間)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
(C)テレビ東京
・女性客を意識した店づくりが特徴。
・ホテルのフロントを思わせる、豪華な入口。
・高級ブティック風の景品カウンター。
・綺麗な化粧室に加えて、シャワー室まで完備。
・店内にはカフェもある。
(8)ピーアーク谷中店(東京都足立区谷中)
⇒閉店
(C)テレビ東京
(C)テレビ東京
・環境に配慮した、「エコロジーパーク」が店のテーマ。
・入口には小型の水族館(潜水艦の窓を思わせる作り)。
・全館禁煙の為、女性も安心して遊技可能。
(9)ピーアーク溝の口店(神奈川県川崎市溝口)
⇒現在、「マックスパチンコ溝の口」として営業
(C)テレビ東京
(C)テレビ東京
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・ホテルのフロントを思わせる、豪華な景品カウンター。
・店内設置の356台のうち、1割が女性専用台。
・買い物帰りの主婦の為、冷蔵ロッカー(無料)も完備。
(10)アイゼン石橋店(大阪府池田市石橋、阪急石橋駅そば)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
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・店舗内に花屋がある。
・各シマを「べごにあ」「かーねーしょん」「しくらめん」「ひまわり」など、花の名称で呼ぶ。
・2Fの喫茶店から、コーヒーレディの出前サービスあり。
・係員がシマを廻り、おしぼりサービス。
・余り玉一発から、景品交換可能(飴玉など)。
・夕刊の無料サービス。
(11)コア21・下通り店(熊本県熊本市中央区中通)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
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・設置台数「1398台」は、日本最大規模(当時)。
・5フロアあるビルのうち、1F~3Fが店舗(店内は吹き抜けで、各階をエスカレーターで移動)。
・「たぬ吉くん2」(京楽)のモーニング(「V」を仕込んで、連チャン状態に)。
・監視カメラを完備(自動追尾)。集中管理室にはモニター多数。広い店内だが、防犯は万全。
・社員食堂完備。
・若い女性客が多い。店舗前は、デートの待ち合わせスポットとしても有名。
・支配人の目標は、「店を満杯にする事」
(12)ニュー三共(大阪市浪速区恵美須東)(新世界)
⇒閉店
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・手打ち台(奥村・オール10)が、空き台が無い程の大人気。
・上向きの電動ハンドル台(三共)も設置。但し、人気はイマイチ。
・カウンターには、手動の玉貸機。台間の玉貸機も旧型。
・カド台(123番台)は、常連のお婆さん(90歳)の専用台として、空けておくのが不文律。
(13)かもめ(東京都千代田区有楽町)
⇒閉店(店舗のあった「朝日街通り」は、再開発により消滅)
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・アレンジボールと雀球の専門店(全台が手打ち台)。
・昭和26年開業。
・二代目オーナーが、手打ちにこだわって、店を守り続ける。
・一番古い台は、20年前に製造されたもの。
・天井裏には、古い台から取り外された部品が山積み。修理の代替品がない為、
この天井スペースが、店の「生命線」となっていた。
(14)パチンコ太洋(長野県須坂市大字須坂上中町)
⇒閉店
(C)テレビ東京
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・昭和26年開業の老舗。須坂界隈で一番古く、一番小さいホール(設置台数130台)。
・昔からの常連客が、店を支える。
・乱視で調整が出来なくなった旦那さんに代わり、奥さんがクギ師となって9年。
・娘さんも「見習いクギ師」として、母をサポート(母と娘の「親子クギ師」の店)。
(15)ピーアーク南行徳(千葉県市川市相之川)
⇒閉店
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・「冒険」が店のテーマ。
・定時になると、船の「汽笛」が鳴る。
・両生類や爬虫類など、珍しい景品を置く店としても有名。
(アホロートル600個、グリーンイグアナ2500発など)
(16)ジャパンニューアルファ(神奈川県相模原市下九沢)
⇒現在も営業中
(C)テレビ東京
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(C)テレビ東京
・店のすぐ隣に、大きな「景品専用館」がある※。
・2500種類という、豊富な景品を用意(食、遊び、ファッション)。
・ブランド品は、海外直輸入モノ。
・人気ベスト5は、5位おもちゃ、4位冷凍食品、3位パジャマ、2位アクセサリー、1位CD。
・J-NETシステムを使って、貯玉や景品の配送も可能
※景品専用館は現存しない。現在、跡地はラーメン店になっている。
(17)パーラーロッキー(愛知県名古屋市西区大野木)
⇒閉店
・新装で、設置台の半数を入替。その外された台が、中古台販売業者の元へ…という
「中古台コーナー」の中で、ほんの一瞬登場した店。その為、ホール自体の情報は、全く出て来ない。
ただ、現存しないパチ屋なので、あえて、当時のネオン画像と店内画像を入れた。
註:90年代前半の古い番組なので、画像は極めて粗いが、どうかご了承の程を…。